耽美試行

はなこよみ(8)

 48〜53 2014.12.16〜2015.1.1

    

-48-

大島織物株式会社専務取締役の肩書をもつ大島由紀夫は32才で、副業に稀覯本などを扱う多良書房を運営しています。大学三年生の向井友子は、卒業したら大島織物に就職しようと決めています。というのも友子が大学で研究している源氏物語など日本の古典文学を、イメージ化して高級織物に仕上げる大島織物の、美術部に配属してもらえるとの約束をとりつけているからです。友子の恋人は大学院生の大村淳史。会ってからだの関係をもつ恋人ですが、最近は大島由紀夫からの誘いがあります。どうも友子には大島が、好きになってくれているように思えるのです。今日も、メールで呼び出された友子。お会いするのを断るよりも、すでにからだをかさねられた記憶が、なにかしら身近な男の人に思えて、友子にとっては魅力ある男性の部類になっているのです。約束は午後8時、麩屋町三条の多良書房へ来ないか、という誘いにのって行くと決めたところです。金曜日の夜に近い時間の三条通りは、若い男女でにぎわっています。友子は、その男女のひとりなのですが、目的は多良書房を訪問することです。
「こんにちわ、来ました、わたし!」
「来た?!、来たんだね、それはそれは、ようこそ、だね!」
「だれもいないの、薄暗いですね・・・・」
「そうだよ、閉店して、ぼくだけだよ」
午後七時に閉店する多良書房です。名目はそうですが、その後には趣味の同好者があつまって、宴をひらくことが多いのです。この日のこの夜の訪問は、どうも友子ひとりのようなのです。
「ええっ?、だれもいないの、大原さんだけですかぁ・・・・」
友子だって子供じゃありません。これまでのいきさつから、ここで関係を結ぶことぐらい察しがつきます。

多良書房の書棚にはエロス系の書籍が並べられているし、かっては地下出版物として扱われていた冊子なども扱っています。もちろん日本国の刑法に阻まれる類の出版物は、この多良書房の陳列には置いてありません。その類のものは、文献として大島織物の別館に保存してあり、関係者は見ることができるようにしてあるんです。
「ああっ、このお写真のモデル、志麻じゃないですか、志麻、こんなことを・・・・」
書架と書架の間の柱にかけられたノートサイズのフレームにはいったカラー写真。友子の同級生の植野志麻が、ろーまんポルノの被写体となっているのを発見したのです。
「知ってるんでしょ、この子、山内武雄の撮影だよ、もちろん場所は、恥部屋・・・・」
「はぁああああ、この奥のお部屋、ですかぁ、そうなのですかぁ」
特段に激しく肌を露出しているわけでもなくて、エロティシズムを感じるイメージ、濃いコスメ、アイライン、和風なイメージ柄のお洋服、太腿のつけ根あたりまで露出した片方の足が、奇妙に見てしまう友子です。
「気にいったんかなぁ、源氏物語の友子さん、ぼくが光源氏になってあげようか」
柱にかけられたフレームを見ている友子のうしろから、大原由紀夫が声をかけてきたんです。神経を研ぎ澄まされたような気持になっていた友子は、背後からの突然の声に、びっくりしてしまうのです。
「うううん、その気になってくれたらのことで、いいんだよ」
多良書房のメインフロアーに置かれた黒皮の、応接椅子に座って紅茶を飲む友子に、向きあって座った由紀夫がいいます。友子が由紀夫から申し入れられているのは、写真を撮らせてもらえないか、ということなのです。つまり植野志麻が撮られたような風情で、扉向こうの恥部屋で、友子が被写体となって、写真を撮りたいと言われているのです。

-49-

友子は、カメラマンの山内武雄とは初対面です。多良書房へやってきた友子を、大原由紀夫が迎え入れ、応接用の椅子に座って会話しているなかで、写真モデルを頼まれた友子です。ろーまんポルノ、和服を着た女子が緊縛されて犯されている、書架と書架の間にかけられたフレームの写真を見てしまった友子は、なにとはなく恥ずかしい気持ちになっているのです。
「だから、向井さんがその気になってくれたら、すぐに撮影ができるんですよ」
「でも、わたし、それは、こまります、やっぱりぃ」
気持ちのうえでは、写真の被写体になってもいいかな、とは思うものの、顔が写って、他人に見られると恥ずかしい。友子は、確か植野志麻は演劇志望の女子である、と思い出し、だからモデルになっているのだ、との思いをめぐらせて、自分には、それはできないと引っ込んでしまうのです。そうこうしているうちに、大原由紀夫の説得で、顔を赤らめながらも、うんとうなずき承諾してしまったのです。
「そうだよ、友子くんは、美女だし、可愛いんだし、和服が似合そうだから」
「はぁああ、でも、かお、写さないでほしい、ですけどぉ」
「なんでぇ、顔が写ってないと、魅力がないじゃん」
そうこうしているうちに、多良書房へカメラマンの山内武雄がやってきたんです。いかにもカメラマンという格好で、カメラバックを肩にかけ、照明の消された薄暗い書房のフロアーに立って、こんばんわ、と声を出してきます。友子には、カメラマンの山内が馳せ参じるとは知らされていなかったから、びっくりです。大原と山内の策略といえば策略で、大学三年生の友子が、その罠にはまってきた、といえばいいのかも知れません。

恥部屋は、写真撮影用に設えられていて、傘をかぶったストロボのスタンドが三つ、まんなかにはアンティークな昭和の初めイメージで、洋風の作りで、籐で編まれた白塗りの肘掛椅子が置かれてあります。用意されている着物は、赤が基調の沈んだ紅色といえばよろしいか、絹のぬめりが柔らかく見えます。友子は、もう観念してしまって、むしろ変身していく自分を、不思議に思えてきます。恥部屋と壁で仕切られた浴場の脱衣場で、着ている洋服を脱ぎ、下着もとっていったん全裸になってから、赤に白紐の腰巻をつけ、そのうえにうすい桃色の肌襦袢、そのうえに赤紅色の花柄着物を羽織ったのです。脱衣場の全身が写る鏡のなかに、友子は変身した自分の姿を見て、少女の頃の、初めて口紅をつけたドキドキ感とおなじような感じを覚えたのです。
「おおおっ、すてきじゃん、ともこちゃん、とっても情緒あるよ」
恥部屋にいるカメラマンの山内が、脱衣場からぬけてきた友子を見とめて、沈黙の場を破って嬉しげな声をあげます。大原由紀夫は、ストロボセットの背後にいて、無言です。洋服ではない友子の、麗しくも艶めかしいその姿に、目を見張ります。
「帯がないから、帯締めだけだから、なんか変な感じですぅ」
髪の毛も洋服に合わせてのショートカットだから、きもちボーイッシュな風にも見える友子の帯を締めない赤基調の和服姿です。照明が当てられるから、着物をまとった友子の姿が、色めき立ちます。素足です。胸もとのふくらみが襦袢に隠れているけれど、みぞおちの感じが乳房の豊かさを醸しだしています。
「ああ、素敵だよ、向井くん、よく似合うんだ、和服がぁ」
大原由紀夫が、立ったままの友子のそばに寄り、顔から胸から足先までを、顔を動かし眺めながら言います。友子は、赤紅色の着物をつけたからだを、小さくすぼめるようにして、うつむいてしまいます。

-50-

カメラマンの山内武雄は、照明をあてられた着物姿の友子から1.5mほど離れて、カメラのシャッターを切り出します。カシャ、カシャ、渇いた音が恥部屋に響きます。立ったままの友子、細い帯締めを腰に結んだ着流し風です。
「手を出しなさい、ほら、両手を」
大原由紀夫が友子に手を前へ出すように誘導します。友子はためらいながら、言われるままに、左右の手の平を合わせて、前へ出します。
「そうだ、括っておくから、いいね」
由紀夫が手にしているのはひらひらの紅い兵児帯です。友子の合わせた手首に、兵児帯の真ん中を一重、二重と巻かれて、それから手首と手首の間に通され、二つの手首が括られてしまったのです。
「ああっ、こんなの、どうするんですかぁ、いやぁああん」
「どうするって、手を上にあげてもらう、いいでしょ」
手首からの二本の帯が一本に紐にされて、頭上に降ろされてきたフックに留められてしまう友子です。
「ああん、こんなこと、こんなことしたら、ああん」
腕に通っている着物の袖が、めくれ降りて肩近くにまとまります。白い腕、肘から脇の下があらわになってしまいます。手を頭の上10pほどにあげてしまった友子。恥部屋の床に素足で立っている友子。カシャ、カシャ、山内武雄が友子の正面から、無言でカメラのシャッターを切っていきます。大原由紀夫が演出して、友子の妖艶な姿を、イメージにしていくというのです。

多良書房が発行する豪華写真本は、えろすの領域でけっこう評判になります。週刊誌とか雑誌に記事として取り上げられ、ネットでも案内されたりすると、それなりに商売として成立します。豪華写真本は一般向けと特別向けと二種類が発行されます。特別向けの内容は、日本では発行することができないから、外国向けの写真本となります。その豪華写真本の被写体として、友子のような初心で硬めの女子が、選ばれるのです。大原由紀夫は、そういった商売をするつもりはなかったけれど、多良書房を運営していくための資金として、販売していかなければならないのです。もちろん、大原由紀夫の嗜好が、その内容のインパクトを醸しだすのですから、美術織物会社を運営する美術家でもあるわけです。
「いいよねぇ、向井くん、いやぁ、ともこ、友子って呼ぶよ」
手を頭の上に置く格好の友子の横に立つ由紀夫が、畳一枚分ほど向こうの大きな鏡に、恥部屋の光景を映しださせて、鏡のなかの友子に言うのです。
「ほうら、友子、うるわしいね、なまめかしいね、とっても!」
「はぁああ、大原さん、こんなの、わたし、ああっ」
友子は、自らの姿を鏡の中に見て、それが自分であることを、源氏物語の世界と交わらせながら錯覚して、おおはゆい気持ちになってしまいます。
「ほおお、友子、そうだな、胸、もうちょっと、露出だね」
手を頭の上に持ち上げられてしまった友子には、由紀夫の手を払いのけることができません。着物と襦袢の左右の襟に手をかけられる友子。カメラマンの山内は、友子の左に立っている由紀夫とは反対側の右斜め前に立って、カメラを向けます。カシャ、カシャ、友子の胸がひらかれていくところを、静止画で連写していく山内武雄です。山内は、多良書房でアルバイトをしている手塚直美をモデルにした写真集を、いま編集中のです。植野志麻の写真集はすでに発行されていて、外国版が密かに日本国内へ持ち込まれているのです。イメージを作っているのは大原由紀夫ですが、まだ二十代の山内には撮影技術が優れているんです。

-51-

恥部屋の隅に置かれていた背凭れ椅子が友子のうしろに持ってこられます。分厚い木の板で背凭れが十字になっている椅子です。
「ほうら、友子、この椅子に座りなさい」
由紀夫が立ったままの友子の方に触れながら、座るように促します。
「はぁああ、はい、あああっ」
友子の手首を括った兵児帯がフックごと降ろされ、座部がU字型になっている背凭れ椅子に座ります。それでも手は頭の上から額のところにまでしか降りません。
「ああん、だめ、だめ、だめですよぉ」
座部がU字型、便座の形に作られた背凭れ椅子、背中にあたる背凭れは、腕をひろげて括られる仕組み、立板と横板の中心線に10pおきに直径5pの穴があけられているんです。友子の手首を括った兵児帯で、からだの自由を奪われて、胸を触られてしまったけれど、その手を退けることができないのです。
「ふふん、だめだといっても、友子、ほら、感じた顔がほしいんだ」
「ああん、だめ、いやぁああん、だめですよぉ」
開けられた襟から乳房が露出し、こんもり盛り上がった先端の乳輪から乳首を触られている友子なのです。カメラマンの山内が、カシャカシャとシャッターを切ってきます。由紀夫が友子の乳房を揺すり、乳首をつまんで揉んでいくその光景を撮っているんです。背凭れ椅子に座った友子、着物すがたの下半身はまだ乱れてはいません。帯は締めていない帯紐だけの腹部が、やわらかいラインを見せています。スポットライトに当てられた背凭れ椅子に座った友子の全身を、由紀夫は一歩さがって眺めます。

多良書房の別室は、恥部屋と呼ばれ、写真集や動画を作るための撮影現場として使われています。時には大衆演劇の舞台となったり、映画の試写場になったり、使われ方はいろいろですが、おもにエロス領域のショーなどが行なわれます。大学三年生の友子は、いつのまにかそのモデルをさせられる羽目になってしまったのです。大島由紀夫は、縛られた女子が悶えうつ姿をみると、極度に興奮してしまう習性がある男子なのです。
「だから友子の縛り絵を、つまり写真集を、それから映画も、つくるんだよ」
「ああん、そんなの、わたし、そんなこと、恥ずかしい・・・・」
「ふふん、まんざらでもなさそうな、好きなんだろ!」
背凭れ椅子に座った友子の下半身、膝にかかった和服地をめくりあげ、膝を露出させてしまう由紀夫です。友子は太腿をぴったしとくっつけたまま、膝を露出されても、膝をぴったしと閉じたままです。
「ほうら、友子、膝をひろげろ、拡げろよ」
由紀夫は、背凭れ椅子に座った友子の、正面に置いた丸いパイプの椅子に、座っています。カメラマンの山内武雄は、友子の正面50pにいる由紀夫のまわりで、友子の写真を撮っていきます。
「はぁあああ、そんなの、お膝をひろげろなんてぇ・・・・」
うつむいて恥ずかしげな顔つきになっている友子、その声はか細くて小さい。襦袢と腰巻の下にはなにも着けていないから、膝をひらくことは太腿をひろげることになって股間が開く、そう思うと膝をひろげることなんて、躊躇してしまう友子です。

-52-

木製の背凭れ椅子に座った友子の手首は括られて、額のうえに引き上げられて留まっています。着物の袖がめくれて肘が露出です。胸もとがはだけられて、乳房が露出です。足を覆った着物がめくられ、ぴったしとくっつけた膝が露出しています。太腿の根元までが露出されてしまって、つけ根には生えあがる黒い毛が見えてしまいます。
「さぁああ、友子、膝を、ひろげて、拡げて、ほらっ」
「はぁああ、そんなに、みつめないで、ください・・・・」
目の前に座った由紀夫が、自分のからだへ目線を落としてくるから、友子には恥ずかしい気持ちが湧いてきて、いっそう膝を閉じてしまいます。赤い腰巻の奥に黒い叢、白い肌に赤と黒、由紀夫はそれを見るだけで色情を湧かせてしまう。
「拡げろよ、ほうら、こうして」
思いあまった由紀夫が、友子が合わせた双方の膝へ、それぞれに手の平を置いて、拡げさせようとします。天井からのライトと斜め上からのライトで、恥部屋の友子の着物姿が浮かび上がっています。山内が撮るカメラはフラッシュなしで、陰影までも写るようにしてあります。
「ああっ、だめ、ああん、だめですぅ」
足首を合わせたまま、露出した膝が、左右に拡げられてしまいます。カシャ、カシャ、カメラのシャッター音がその場の静寂を破ります。前のめりになる友子。肩を前へ出すようにして前のめりにすると手首が頭の上にきてしまう。拡げられた膝の奥の股間が拡げられたのです。

由紀夫が手にしたのは直径3pほど長さが1mほどの棍棒です。棍棒の端から10pのところには穴があけられていて、柔らかくて桃色の帯紐が通されています。帯紐と帯紐の間は80p、友子はその棍棒を見てしまって、ハッと気がつきます。そんな絵を見たことがあった。その絵の光景を思いおこしたのです。
「だから、友子は、こうしておかないと、閉じちゃうでしょ」
膝のうえ、太腿のがわに当てられた棍棒、その桃色帯紐が、まず友子の右の膝上に巻かれて、結わえられてしまいます。
「ああ、やめて、そんなの、恥ぃ、恥ぃですぅ」
とはいっても、足をじたばたさせて抵抗するということもなく、結わえられるままに、膝が左右に拡げられてしまったのです。80pに拡げられてしまった左右の膝。友子は背凭れ椅子に座ったまま、手首は合わせて額にあげて、膝が80pもひろげられてしまって、胸がはだけた着物、下半身は丸出し、顔をうつむかせてしまって、羞恥に見舞われています。
「ええ格好だ、友子、源氏物語には、こんな光景が、なかったかな?」
「はぁああ、大原さぁん、こんなこと、だめ、ああ、こんなことぉ」
「さあ、どうして欲しいんだ、友子、かわいいねぇ」
80pに拡げられてしまった膝を弄られ、棍棒と肌のあいだを弄られ、胸もとに手を入れられて乳房をまさぐられだす友子。カシャ、カシャ、シャッターの音が聞こえて、友子はうろたえます。
「いいね、膝を、引き上げてあげるから、いいね!」
棍棒と膝を括った余りの帯紐が、背凭れの横板に開けられた穴に通されます。右の足膝が浮き上がり、足の裏が床から、少しばかり持ちあがります。
「ああっ、だめ、だめ、ああっ」
右膝が持ち上げられてしまうと左膝が持ち上げられます。由紀夫が椅子のうしろにまわって、穴を通った帯紐をぐいぐいとひきあげます。友子の双方の膝がもちあがり、胸もとへ折れ込んできます。正面の大きな鏡にその姿が映ります。お尻が浮いて股間が丸出し、鏡に映るその姿を見て、羞恥の極みに達していく大学三年生の友子です。

-53-

大島織物株式会社の取引先から振りだされていた三千万円の約束手形が、不渡りになったというので連鎖的に大島織物の資金繰りが立ち行かなくなってきたのです。代表権を持つ社長の大島育三は由紀夫の父。その育三が私財から資金を投入したから無難に乗り越えられたけれど、業界の不景気も相成って、大島織物自体の経営も危なっかしくなってきたのです。この年の暮れになって、大島織物が不渡りを出すところにまで追い込まれて、破産手続きに入ることとなったのです。大島由紀夫は代表権のない専務取締役だから、私財を投入する、借金を背負うということもないのですが、多良書房は閉鎖するしかなく、奥野菜穂子に約束した陶房開設の援助金五百万円が都合つけられなくなったのです。菜穂子のパトロンだった大島織物、専務の由紀夫とはからだの関係を持つ間柄でしたが、これは破綻してしまいます。
「どういいことなの、由紀夫さん、どうしたらいいの、わたし」
「どうしたらいいのっていわれても、会社がつぶれたんだから」
電話のむこうで菜穂子が途方に暮れた声で応答してくるけれど、由紀夫はそれ以上に途方に暮れているのです。
「ああ、わたしの人生、これで終わりよ、わたし」
「ぼくだって、終わりだよ、どうしようもないよ」
持っていたものが無くなる、そのことは予測していたとはいっても、その場に至っては、精神のショックも甚大です。経済界でも将来を嘱望されていた大島由紀夫。その由紀夫にはメンツもあって、青年会議所のメンバーに顔を合わせられない、雲隠れしなければならない立場です。

大学三年生、源氏物語を研究したい向井友子は、大島織物が倒産したとの話を聞いて、そのショックは大きい。なによりも恋人の淳史には秘密で、専務の由紀夫とはからだの関係を持っていたし、大学を卒業すれば大島織物に就職して、願いでもある美術デザインの仕事ができる未来がご破算になったのだから、気持ちは奈落の底に落とされたようにゆらいでいます。
「ああ、でも、これで、いいのかも、しれない」
多良書房の恥部屋で、恥ずかしい、羞恥の体位で写真を撮られ、その場では三度も交合を重ねられ、カメラマンの山内にも犯されてしまったのだから、行き先、少し恐くなっていたところでした。これで清算できると思うと、急に恋人の淳史に頼ることになりました。
「淳史といっしょに、東京へ行こ、そうしよ」
大学院を修了していく淳史の就職先が、東京にある大手出版社の編集部に決まっていて、友子には一年遅れで東京へ来るようにと願われていたのです。淳史は経済学が専門で、出版社の仕事も経済学関係の編集部ですが、文学から美学にまでの理解もあったから、出版社からも期待されているのだというのです。
「友子が約束してくれる、東京で生活できる、ぼくは待っているよ」
淳史は、友子の身のまわりになにが起こって、なにが終わったのか、そのことは知りません。ただ多良書房が店を閉めたという理由は、性を売り物にする書籍やDVDに販売で、法的に摘発されそうだからの廃業だ、と大村淳史は考えるのでした。
(おわり)







HOME

最新更新日 2015.1.3


HOME



文章・小説HOME


はなこよみ表紙


はなこよみ(1)-1-

はなこよみ(1)-2-


はなこよみ(2)-1-

はなこよみ(2)-2-

はなこよみ(3)1-

はなこよみ(3)-2-

はなこよみ(3)-3-

はなこよみ(4)-1-

はなこよみ(5)-1-

はなこよみ(6)-1-

はなこよみ(7)-1-

はなこよみ(8)-1-