耽美試行

さくら協奏曲(10)

 46〜51 2014.6.1〜2014.7.13

    

(10)

-46-

征二の大晦日は、寿司屋の出前のアルバイトで、夜の十時まで配達の仕事をしていました。寿司の出前は年末年始、大晦日から元旦にかけての出前も多くて、元旦は朝の十時から出前のアルバイトに就くことになっています。その征二の恋心ですが、冬休みにはいって、その面影が忘れられなくて、思いあまって恋の相手、中野利子に電話して、夜十一時の遅くだけど鳴滝駅で待ち合わせ、会えることになったのです。利子は高校一年二学期には休みがちになっていて、征二と会っても挨拶程度で、そっけなくなっていたから、征二としては純真な恋心で、会いたいと思いあまって、うどん屋のお店へ電話をかけ、会えることになったのです。大晦日の夜は、もうどこのお店も閉まっていて、駅のホームの電球だけが、まわりを照らしています。空は星空、眩いくらい、冬の星座がくっきりと見えます。征二は、ふるえる心を抱いて、利子が現われるのを待っています。チンチンチンと踏切の警報機が鳴って、電車が近づいてきて、ホームに止る。一両編成の電車は、なんとも田舎じみた音を立てて、扉をひらき、利子が降りてきました。征二の心がふるえます。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
利子は、夜のホームに立ったまま、遅れてきたことを謝るのでした。夜はもう11時になろうかとする時刻です。

好きだといったわけではなくて、好きだといわれたわけでもなくて、それなのにお互いが了解しあっているような、征二と利子です。16才の青春、高校一年生だから、まだまだ青臭い、少年と少女である筈です。遠くで思っていても耐えがたく、会って一緒に歩いて、それですべてが解決するというわけでもなくて、恋心が、凍えていくのです。
「会えて、よかった、利子に会いたかった」
「でも、今回きりよ、今回だけよ」
暗くて、利子の表情はつかめないまま、短い会話だけが、途切れ途切れに交わされていきます。
「学校、あんまり、来ないから、心配して」
「家のほうが忙しいし、それに、勉強、わからへんから」
「わからへんかったら、教えてやんのに」
「征二は秀才やから、ええけど」
「おれかって、バイトに忙しいから、勉強してへん」
好きだといいたくて、喉元まで言葉が出てきているのに、告げられない征二です。

中野利子は、なにか空を見つめる少女で、いつも淋しげな目つきをしているから、征二にはその目つきが気にかかって、忘れられなくなって、本格的な初恋、年上の春子でもなく、鈴子でもなく、同い年の利子のことが気にかかるのです。
「もう、学校、やめるかも知れへん」
「どうして、どうして、やめんならんの」
「どうしても、これいじょう、続けられへん」
「ほんで、やめて、どうするん」
「征二は秀才やから、がんばって、偉い人になって」
利子の声が、何かしら涙声になっているのに、征二には、その少女の心のうちを知る由もないのです。人にはそれぞれ事情があって、なるようにしかなっていかないのに、なんとかそこから逃れようとします。その範囲でいえば、征二は、生活の基盤が壊れていくことなどなくて、ある土俵のうえで、日々を過ごしているのです。何処から聞こえてくるのか、除夜の鐘の音が、ご〜ん、ご〜んと遠くから聞こえてきます。

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暗い夜道、除夜の鐘が遠くに聞こえてきていたとき、十六歳の利子が征二に告げだしたのです。告白というほどのことではなかったけれど、利子が言うには、物心つく頃から貧乏で、いまの場所ではなくて山里に、両親と一緒に住んでいたけれど、欲しいものが買ってもらえなかったというのです。村に一件ある雑貨屋さんの店先に菓子パンが並んでいて、欲しくてたまらなかったのに、一個10円、買ってもらえなかった。でもパンは、小学校へいくと給食があって、食パンが二枚ついていたから、一枚食べて、一枚は家に持ち帰って、お父さんに食べさせてあげた。お父さんは病気がちで、お母さんが土方の仕事とに出ていた、というのです。高校へは進学したものの、公立高校とはいっても学費が必要だし、それに日々のお金も必要だし、食べんならんし、というのでした。
「だから、わたし、土方してる健太郎といっしょに、大阪へいくの」
征二は、利子の話しを聞きながら、淋しい、空しい、凍えてしまう感覚になっていくのです。よく似たものの、征二はそこまで切羽詰まってはいなかったからです。自分のこずかいをアルバイトで稼ぐという必要はあったけれど、日毎の食事は家庭で食べさせてもらえる立場でした。

大晦日の夜のホームは、終電車が行ってしまって、もう他人に会うこともなく、冷たい空気が征二と利子を包んでいます。
「大阪に西成へ行ったら、仕事があるってゆうのよ」
「大阪の西成って?」
「健太郎はもともと西成の日払いアパートにいて、京都では飯場暮らしなの」
「飯場って?」
征二には、利子がいうことの内容がつかめないのです。利子が一緒に大阪へいくという健太郎は、建設の現場で働くために設けられた労働者の寝泊りするアパートにいたのです。賄、食事つきのアパートのことを飯場というのです。社会科の時間に、タコ部屋が、とかの話しがあった記憶があった征二には、その場所がそのような場所であったのだと、これも利子が教えてくれたことでした。
「だから、征二とは、いっしょにいられないの、だから、忘れて、わたしのこと」
征二は、どうしようもない奈落に突き落とされたかの気持ち、利子に恋をしていたとしたら、こては失恋です。好きであることと、生活をすることとは、レベルが違う、征二の生活圏内では想定できないところに、利子は行ってしまっているのです。

利子と別れたのは、結局、元旦を迎えていた時刻でした。もう利子とは会えないのかもしれない、と思うと、征二は淋しさの果てに行くしかない感覚で、乗ってきた自転車を曳きながら、涙ぐんでしまうのでした。町の中へ戻ってきて、アルバイト先の寿司屋へ来たのが午前一時。こんな時間に、店には客があって、松倉織物の専務が女二人をつれて、お口直しで寿司を食べにきているのでした。まぎれもなく、そこには鈴子がいました。千代子がいました。松倉織物の専務さんと顔をあわすのは初めての征二です。
「すき焼き食べにいって、帰りにここへ寄ったんや、ここへなっ」
「よう来てくれはりました、新年、あけまして、おめでとうございます」
松倉正敏専務は、呑んだ酒のせいで顔をあからめ、テーブルを介して女二人をはべらせて、上機嫌のようにも見えました。
「まあ、なるようになる、なるようにしかならへん、そうやろ、大将」
「そうでんな、なるようにしかなりませんな、ほんまに」
「おいしいよ、大将、コウコ巻、それに味噌汁、元旦やなぁ」
利子と別れたあとの征二には、鈴子と顔をあわせて、目で合図しただけで、他人の風を装っています。利子とは純粋な関係ですが、この鈴子とはラブホテルで愛しあう関係でもあるわけですが、鈴子にはいまの征二の気持ちは、わかりません。

-48-

大晦日の夜の春子は、ひとり清心荘アパートの部屋にいて、ラジオを聴いています。紅白歌合戦がはじまっていて、雑音が混じった遠くからの音を、聴くともなく聴いています。耳には、恒例となった大晦日のNHK放送が入ってきているのですが、こころのなかは、心配と不安とにどうしたらいいのか、ぐっとこらえているのです。21才、女の春子、あるべく月のモノが11月から訪れてこないのです。訪れてこないということは、それは身ごもったことになるのかも知れない。そう思うと、春子は、動揺してうろたえたり、こころを落ち着かせようと自慰を求めてみたり、四畳半の部屋、火鉢に炭を入れているとはいっても寒いところに、うずくまっているのです。
<ああ、旦那さん、おうちで奥さんと子供さんと、いるのやろなぁ>
<ベートベン、どないしてるんやろ、会いたいなぁ>
<おかあちゃん、どないしてるんやろ、わたい、心配ばっかしかけてるかも・・・・>
頭のなかに作次郎や征二や母親の顔が浮かんできて、ひとり言葉がこころのなかでつぶやきます。

ややこができたらどうすればいいのか、春子は、作次郎からつくってはいけないといわれており、なのに十分な手立てもしないままに、性交渉におよんで、快楽を得てきて、その結果だとしたら、どうすればよいのか、堕胎、そんな措置があることは、雑誌で読んだり聞いたりしているから、知ってはいるけれど、自分の身となっては、どうしたらいいのか、途方に暮れるほどに、悩んでいるのです。
<どないしょ、旦那さんとわかれんならん、どないしょ>
レコード店を辞めて、作次郎と別れて、春子の頭の中にそのことが浮かんできて、そんなことできない、生活できない、どうしたらいいのか、春子は迷うばかりです。とはいっても、このことは明日にでも月のモノがあるかもしれないから、まだ確定したわけではないのです。
<旦那さんに、こんなこと、いわれへん、いえないでしょ、春子!>
思いあまって、清心荘アパートの部屋から、大晦日、夜の街路へ出てみる。

大晦日の夜、除夜の鐘が聴こえてきます。春子は、その鐘が突かれている場所へ、行こうとおもい、狭い路地のような通りを千本へ抜け、北のほうへいくと、閻魔さまがいらっしゃる処があって、そこの鐘が108つ、鳴らされているから、そこへ行くのです。大晦日の夜も押し迫って、まもなく新年になる時刻、境内は騒然としたにぎやかさです。修行衣に身をつつんだ男たちが、お経を合唱しており、ご〜ん、ご〜ん、と鐘が鳴らされ、見物にやってきた男女が、焚き火を囲んで、手をかざしています。
「いやぁ、春子ちゃん、ええ?、ひとり?」
春子が勤めているレコード店の数軒となりで食堂を営んでいる松子おばさんが、声をかけてくれたのです。
「そりゃ、そやわなぁ、大晦日は、みんな家族と一緒やもんねぇ」
春子は、50過ぎの母親のような松子おばさんの、焚き火でそまった顔をみて、声もかけられないまま、でも目を見ているから、会話は成立しているのです。バンザイのあと、拍手が沸いて、あけましておめでとうございますの声が、えんま堂の境内の焚き火を囲んだ人々のあいだで交わされています。春子は、松子おばさんに手を握られ、無言でぎゅっと握りしめられたから、握り返したのです。

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中野利子が、太秦駅から、元旦朝いちばんの電車にのって、四条大宮までやってきたころには、ようやく夜があけてきて、空が白くなっていました。大晦日に、気を向けてくれている純情なお坊ちゃま、中田征二と会って、それから、家に戻ってまとめておいた衣類をまとめた風呂敷包を、ボストンバックにいれ、親には手紙をおいて、家を出たのです。行先は、風太郎がまってくれている西成です。阪急電車の四条大宮から梅田終点までいって、そこから地下鉄にのって、動物園前までいくのです。風太郎が定宿にしているところの住所と日払いアパートの名前をメモにしてあるから、いけばわかる、16才の利子が家出を決行するのです。男の元へいくから、駆け込み、駆け落ち、ということになるのでしょうか。手と手を交えての道行き、ではないけれど、利子には男らしい風太郎の世話を焼きたい恋心で、家を飛び出したのです。まっていてくれているはずの大阪は西成へ、利子は自分の生きる道を探しに、家をあとにしたのです。

征二の元旦、夜明けには、初詣として北野天満宮へ、鈴子と一緒です。アルバイト先の寿司屋で、松倉織物の専務と千代子と一緒にいた鈴子のほうからのそれなりの合図で、千本七本松の角での落ち合い、ふたりして天満宮の境内へとむかったのです。七本松からの道は上七軒のお茶屋街、鈴子の家がこの界隈にあって、お茶屋の子ではなかったけれど、花街の関係筋です。
「そこ、社家長屋ってゆうんよ、そこがわたしの家よ」
「そうなん、鈴ちゃんの家、ここなんかぁ」
「おとんとおかんとおとととわたし、四人家族なのよ」
露地になっている入り口から鈴子が指さし、自分の家の場所を教えるのです。元旦の夜明けは、北野天満宮、初詣の人で、にぎわいを見せています。参拝は、一条から下の森を通っていく参道ではなく、上七軒をあがって東門からはいる経路です。中田征二と金谷鈴子、年上の姉さん、鈴子が牽引する格好で、これまで征二と関係を結んできたのです。

「専務さん、わたしのこと、好きってゆうんやけど、わたしは征二が好きなのよ」
はっきりとものをいう鈴子に、征二の方が、おじけついてしまう。
「いいのよ、いこうよ、ナポリ」
鈴子の提案、元旦の朝のラブホテル、神社さまへ参ったあとは、二人だけの世界へ、入っていきたいというのです。洋風の造りになっているラブホテルナポリ、朝からの若い二人の客に、小窓から顔を見せた老婆は、征二と鈴子を部屋へ案内し、にっこり笑って、ゆっくりしていけばいいのよ、と言ってくれたのです。征二も鈴子も徹夜明け、でも気分が昂じているから眠気より、むしろ気分がぴ〜んと立っていて、洋室の部屋へ通されるなり、鈴子が征二に抱きついてくるのです。征二にしても鈴子に抱かれるというよりも、むしろ鈴子を抱く格好で、オーバコートを脱いだだけの鈴子、毛糸の服を着たままのうえから、征二が鈴子をまさぐりだします。冷たい手、冷たい頬、部屋にはガスストーブが赤い光を放っているから、ガタガタふるえるほどではないけれど、まだ、心もち冷たい、抱きあって、鈴子の胸に素手をいれた征二には、その肌が熱っぽく暖かい温度が、たまらない刺激となって、征二はモノを硬直させてしまうのです。

-50-

若い二人、征二と鈴子、ナポリの部屋には、男女が愛しあうには十分な広さがあるダブルベッドです。ベッドの横の壁はレースのカーテン、開くと横長の大きな鏡になっていて、鏡のなかに、裸の征二と鈴子の行いが映ります。
「いいのよ、征二、好きなんよ、わたし、征二のこと、だからぁ」
「ううん、ぼくだって、鈴ちゃんのこと、好きだよぉ」
「ああん、いいのよ、いいの」
「鈴ちゃん、いれちゃうよ」
ベッドのうえにはシーツが敷かれ、そのうえに鈴子が仰向き、征二がおおいかぶさり、抱きあって、からだをまさぐりあっています。鈴子が膝を広げて立てて、その間に征二が入り、ふたりが交合してしまいます。男と女、征二と鈴子、きっちりと結ばれ、快感を共有していきます。
「ああっ、征二ぃ、はぁああっ」
19才の鈴子、愛の交感は征二が最初の男子、まだまだ未熟だけれど、もう痛みなんてなくて、快感を得ていきます。

むっちりした白い肌の鈴子、征二にとっては、春子より、鈴子にこころが動かされます。大晦日の夜中に会った利子のことは、鈴子と一緒にいるかぎり、頭の中から消えていて、目の前の、女のからだをむさぼることに、集中していきます。
「あああん、いやぁああん、あああん」
「鈴ちゃん、いいのか」
「あああっ、いいよ、いいのよ、はぁああっ」
甘ったれたように洩らす鈴子の甘い声が、征二の意識を高揚させます。ぶっすり挿しこんだまま、鈴子の乳房を揉み揺すり、唇を重ねて離し、手指を耳たぶから首うしろへ。鈴子が悶え、呻いて、からだをくねらせるのを受けとめ、抱いて、交合そのまま、密着する鈴子と征二です。
「あああっ、ああ、ああ、ああっ」
鈴子が、ピークに達していく感じに、征二は無言のまま、大きく息を吸いこみ、ぶすぶす、ぶすぶす、連続、続けざまの注入に、鈴子はもう、そのまま、アクメに達してしまうのでした。

征二の射精は鈴子の外で、お腹のうえに精子をかけてしまいます。なかでだしたら赤ちゃんができてしまうかも知れない、鈴子がそう言うから、征二がそれに従って、発射は外。だから、十分な満足の手前で、ストップしてしまいます。
「はぁああ、ああん、征二ぃ、終わっちゃったのぉ」
「そうだよ、終わっちゃったよぉ」
「だったら、もっとしてよぉ、もっとしてほしい」
鈴子が、征二のモノを口に含んで、整えてやり、元気な16才、征二をふるいたたせます。数分おいて、征二はふたたび交合しますが、積極的な鈴子が、征二を仰向かせ、腰にまたがり、結合させてしまうのです。
「ああん、征二ぃ、いいでしょ、いいでしょ」
上半身を起こしたままに征二の腰をまたいでいる鈴子。征二の勃起モノをヴァギナに埋め込み、股間を征二の腰に密着させている鈴子です。征二がベッド横の鏡に映った鈴子を見ます。普段の顔とはちがった顔、まるで観音さまのような優しいお顔、征二は、腰を左右に揺すって、鈴子に刺激を与えていくのです。

-51-

お正月を迎えた松倉織物では、雇人は四日まで休暇となるので、事務所にはだれもいません。専務の松倉正敏と内縁関係にある坂倉千代子のふたりが、会社とは別棟になっている住居で、新年の朝を迎えます。真夜中まで街をうろついて住居に戻ったのは、もう夜が明ける少し前、それから仮眠をとって、朝一番のお風呂にはいって、時間はすでに昼前です。千代子が作った京都の雑煮、白味噌仕立ての雑煮、それに丸い餅を砂糖醤油で食べる。
「世話になるなぁ、お千代」
「なにゆうてはりますん、専務、しっかりしなぁ」
雑煮は甘口、砂糖醤油をつけた丸餅の皿をお膳において、正敏と千代子が向かい合います。
「ええ味やなぁ、お千代がつくる雑煮、松野の味噌、おいしいねぇ」
「そうですよ、専務、こんなことも、もう、でけへんかも」
「そうやなぁ、ほんなら、夜逃げせな、あかんのか」
「貯金は引き出してあるさかい、当分はいけると思います」
「ほんで、木之本ほうは、連絡してあるのかい」
滋賀県の湖北、木之本に千代子の母方の実家があって、会社が破産したあと、しばらく専務が隠れる処が、そこに決めたのが、じつは大晦日のことでした。

「弁護士さんには連絡してあります」
「そうか、お千代、よう気がつくなぁ」
「それよか、お父様、会社の代表やから、一緒に逃げなあきません」
「おやじもほっとけへんけど、軍人恩給があるさかいなぁ」
「それならお父様も木之本へ連れていきましょかねぇ」
夜逃げする話、夜に出発するわけではないけれど、出発は三日の午後、京都駅から米原までいって、北陸線に乗り換えて木之本までいく。そうしていったん千代子が京都に戻り、初荷の5日を迎えて、成行きにまかせる。あとの法律上の手続きは、弁護士さんに任せる。来たるべきときが来た。銀行が営業を始める四日には、支払手形が落ちない、つまり銀行取引ができなくなって、会社運営資金がショートして、破産ということになる。そのことを、松倉織物の専務、松倉正敏は、切羽詰まって自死しようとは思わない。千代子の世話になる、千代子にとっても、正敏への愛情、それ以外のなにものでもないことを、知るのでした。

「ああん、専務さん、二人だけ、二人だけになれるのは、今だけ」
「そうかもなぁ、お千代、あと、あとのこと、たのむよ、たのむねぇ」
お絵描アトリエにしている土蔵のなか、今日はもう絵を描くこともなく、練炭火鉢で温めた空気のなかで、正敏は素っ裸、千代子もいまや素っ裸、からだだけ、健康であればよい、木之本では畑を借りて、野菜をつくろう、千代子の言葉を信じて、正敏は、千代子と交わりだすのです。
「はぁああ、ああん、せんむぅ、いい、いい、もっと、もっとよぉ」
「おおおおっ、こうかい、こうすりゃ、お千代、感じるのか」
「そこ、そこ、ああ、ゆびより、おちんが、ほしい、ああっ」
「入れてやるよ、お千代、逝くのは一緒、いいなっ」
性器がこすれあい、正敏がその気になって射精寸前にまでのぼって、千代子もいっしょに、オーガズムを迎えていきます。生きている、証拠に、正敏と千代子の交わりは、すべてのことを忘れ去り、喜悦だけが抜けていくのでした。
(おわり)







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最新更新日 2014.7.14


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