とんかつを五切れ、おでんをお茶碗に山盛り、それに卵サンドも食べた京子です。食事会を始めて小一時間、もう時間は夜の十時を過ぎていました。京子は、モデルにならないかと持ち掛けられ、即座に了解との返事はできませんでしたが、断りもしませんでした。
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モデルというのは、洋装品ユミが扱う下着をつけて写真撮影のモデルになる、という仕事です。下着の上には雑貨と化粧品のすえひろが扱う洋服を着て写真撮影のモデルになるのです。写真の撮影会は、美女撮影会と称し、アマチュアのカメラマンが対象です。
「京子ちゃん、可愛いから、お客さん、喜ぶと思うよ、可愛いから、ねぇ」
撮影会は、洋装店ユミと雑貨と化粧品店すえひろ、それに表通りのカメラ店ライトの共同主催です。店舗の奥裏の、前に庭があり廊下がある八畳と六畳の部屋を使っての撮影です。カメラ店ライトの店主大村がアドバイス役を努め、撮られたフィルムはライトで現像処理をするというのです。撮影会の定員は五名。撮影に参加するカメラマンは、西陣界隈の旦那衆たちです。
「そうなの、日曜日はダメなのね、いいわよ、平日の午後、三時間くらいね」
京子は、夜間高校へ通うことになっているし、日曜日は誠二と過ごしたいから、洋装店ユミと雑貨と化粧品の店すえひろでのアルバイト掛け持ちの合間を見計らって、モデルをすることになります。進行係は年長の君子、京子のお相手は由美、モデルが19歳の京子です。もとから肌の白い少し肉付きのいい身体だから、君子と由美のコーディネートで、まるで洋人形のような可愛さを醸す女子になります。
「いいのよ、わたしもモデルしてあげるから、コーチしてあげるから、安心してたらいいのよ」
どちらかといえば男っぽい由美が、一緒に撮影に入る場面もあるから、安心していたらいいのよ、といいます。撮影会はストリップショーに似た進行でおこなわれていきます。身に纏う衣類は、すえひろで扱う洋服、ユミで扱う下着、夜の下着、男の目を喜ばせる下着、大人の玩具も小道具として使われます。撮影会が終わったあとには、お茶の時間で、撮影に使われた下着や道具が、即売されるのです。
「暖かくなってきたから、薄着でも大丈夫よね」
春の気配が漂いだした千本の繁華街、千本京極は狭い道の両側にお店が並んでいます。飲み屋があり、映画館があり、突き当りも映画館、その隣にはストリップ劇場もあります。夜にはにぎわう界隈ですが、案外、平日の昼間は、人が少ないのです。
「京子ちゃん、いいわね、おじさんばかり、だけど、恥ずかしがると、喜ぶよ」
「はい、わかりました、わたし、がんばってみます、わたし」
ポーズは、大村が指示しますが、カメラマンが微妙に注文をつけてくるから、それに従えばいいというのです。恥ずかしいポーズを求められたら、羞恥を振るまって、恥ずかしそうに応じてあげなさい、とも教えられます。映画の女優さんになれるかも知れないと、京子は思います。
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撮影会は午後4時から6時までの2時間で、終わった後には宴席が設けられます。宴席には京子は顔見世しなくてもよくて、別の女子が男たちのお相手をする、という段取りで夜にかけて、催されます。撮影会から宴席までの会費は一万円で、女工の一か月分の給金以上の金額です。それに参加する男のカメラマンたちは、それなりの金儲けができる立場だから、京子が身につけた下着類を競りにかけて買い求め、満足するのです。京子は処女をうたい文句にしているから、からだに触れることは許されていません。とはいわれながらも、道具を使われて羞恥する姿を見せる京子ではあるのですが。
「いいねぇ、京子ちゃん、お洋服ポーズから、下着ポーズだ、いいねぇ」
シュミーズとショーツをつけている京子です。ブラジャーはしていません。ぷっくら、ふくらむ、未熟な乳房が、透けて見えます。
「うんうん、可愛いな、そのシュミーズ、おっぱいは、少し透けて、だね」
「下穿きは、そのうち、脱ぐんだね、待ってるよ、いいねぇ」
「こっち向いて、笑顔だよ、もっと、にっこりしなくちゃ」
カシャ、カシャ、カシャカシャ、カメラマンは5人、中年を越えた男達、最高齢は還暦を迎える織物問屋の社長です。カメラ店ライトの常連で高額な舶来カメラを買っていて、撮影会に参加して、後の処理はライト店主の木村が引き受けて、男の目を楽しませるアルバムを制作してくれます。
「ほうら、椅子に座って、足を、ひろげて、そうだよ、そうそう」
「もうちょっと、その、シュミーズを脱いで、そうそう、裸になるのよ、京子ちゃん」
八畳の間、庭からの自然光だけでは暗いから、電球を縦に並べたライトボックスが左右から、モデルの京子へ当てられます。京子は、全裸にされてしまいます。椅子に座った京子へ、透けた黄色のネグリジェを纏った由美が、ポーズをつけに入ります。撮影には、由美が写らないようにとのことですが、それは名目だけのことです。
「可愛いな、高校生なんだってねぇ、京子ちゃん、処女だってねぇ」
京子は、恥ずかしさを堪えて顔をあからめ、由美の顔を見て、閉じた太腿を膝からひろげていきます。
「おおおお、いいねぇ、いいよぉ、京子ちゃん、おっぱい、すくいあげて、顔をこっちへ」
全裸の京子は、言われるままに、ポーズをとります。背凭れの椅子に座ったまま、右腕を乳房の裾において、手の指でぷっくら左の乳房をすくい上げるのです。男たちの目線は、太腿を八の字に開いた中心に注がれます。陰毛があらわれています。股の縦割れの唇があらわれています。蕾を開くところまでにはなりませんが、撮影の後半には、由美が絡んで、露出させてしまうのです。客として来ている男たちは、その流れを知っているから、シロシロショーになるところまで、身体と心をウズウズとさせながら、過ごすのです。
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撮影会は途中で休憩がはいります。八畳の間はカメラマンが5人です。客はカメラ店ライトの常連さんの男性で、織物会社の重役や商店主、それに開業医もいます。あちこちでモデル撮影会が催されますが、ライトが主催するモデル撮影会は、少人数制です。ヌード撮影会、女子の裸体を写真に撮る、カメラを持った男たちが欲望を満たします。
「さあ、さあ、宴席の前に、京子ちゃんがつけていた下着の競り市だ、品物は五品だよ」
テーブルに並べられているのは、撮影時に京子が身につけていた衣類です。衣類といっても下着類で、透けた桃色のネグリジェ、白と黒のシュミーズがそれぞれ一点づつ、それに京子が穿いたショーツが二点です。
「京子ちゃんの初セリだよ、写真はライトがつくるから、箱入りだよ」
5人の客は、名刺大の紙に品物番号と競り落とす金額、それに客の名前が記入され、回収され、競り落とした男が決まります。京子は席にはいなくて、立ち会うのは由美です。競り落とした客は、品物を受け取り、代金は洋装店ユミへ、後日の支払です。
「可愛いね、初々しい、京子は、高校生だってさ」
「すえひろとユミでバイトしてるから、見に来ていただいて、いいですよ」
「そうだね、玩具、買いに行くかなぁ」
「まあまあ、旦那さん、奥様を、お喜ばしに、ね」
「いやいや、そればかりじゃない、妾に、使ってやらにゃあ」
競り終わり、宴席になるところで、料理が運ばれてきます。割烹店の仕出しで、酒は日本酒、コンパニオンが二人、派遣されてきます。撮られた写真、そのフィルムは、ライトが受け取り、現像処理し、密着にしてカメラマンに渡されます。陰部が写った駒があるから、それの処理は、後日、ライトの木村が請け負い、撮影者と相談の上、引き伸ばして仕上げます。
「京子ちゃんは、ユミのお店に出ているのよ、九時まで、来るのは、店が終わってからよ」
まだ七時半過ぎです。撮影会の開始が午後4時で終わったのが午後6時です。少しの休憩があり、下着の競りが午後7時に終わって、そこからです、酒の宴が始まります。
京子は、店に戻って、店番です。平日の夜が始まったばかりの時間で、お客さんは少ないです。明るい店に、明るいマネキンに下着が着せられていて、まだ若い京子には、それらが既婚者のおばさまが纏われる下着だと思えるのです。でも、よくよく考えてみて、普通に身につける下着というには、凝ってあるんです。京子がつけている下着といえば、木綿を素材にした質素なモノですが、レースが使われていたり、凝ってあるのです。もちろん高価なモノばかりです。恥ずかしいのは、ガラスの陳列棚に入っている品物です。男性のモノをリアルに再現させた代物で、サイズ違い、形状違い、何種類もあるのです。それに股の部分がひらくショーツやパンティがあります。眼鏡を大きくした形状の胸ブラジャーがあり、股までが紐だけのパンティもあるのです。京子は、おかしくなってきて、変な気持ちになってきます。
<ヌード撮影会ってゆうんだ、わたし、モデルしちゃった、恥ずかしかった>
京子は、男性の前で裸になったことで、大人になったような気がしているのです。処女だと紹介されたけど、京子は直人という男性と性交したことがあるから、処女ではありません。京子は、店番しながら、奇妙に、クスクス笑えてきて、処女でいこうと、思うのでした。
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<茂子>
茂子は、京子が会社を辞め、夜間の高校へ通うことになって、渚アパートから出ていったので、気が抜けたように日々を過ごしています。結局、茂子は、泉織物の織子を辞めるまでには至らず、まだ続けています。京子以外に親しい友達もいないから、春の気配になっても気持ちが浮かないのです。仕事は、朝が早くて、八時から織機が動きだします。寮になっている渚アパートからは工場まで、徒歩で一分ほどだから、起きて着の身着のままでも、とはいっても寝間着は着替えて洋服にしますが、顔を洗ったり、朝ごはんを食べたりは、十時の休憩時間でもよろしい。仕事は織機相手に、付き添っているだけで、他の女子も同じようなことをしているから、着の身着のままでも恥ずかしくはありません。
「でもね、わたし、お昼、散歩するんだから、お化粧しなくちゃ、そうでしょ」
休憩時間には、20名ほどいる織子の半分が畳の間で、それぞれに30分休むのです。午後0時からのお昼休憩は1時間、午後3時から30分の休憩です。朝七時半から休憩入れて10時間、午後五時半までの拘束です。
「茂ちゃんは、いいわねぇ」
二十歳を越えた光子という名の先輩女子が、手鏡を持って口紅を塗る茂子の横から、声をかけてきます。
「いい男がいるんでしょ、知ってるのよ、おこずかい、もらってるんでしょ」
「ええっ、光子さん、そんなんちゃいます、ちゃいますよぉ」
会社の専務が工場の方へ顔を出すことは、ほとんどなくて、顔を合わすのは、お給料日に事務所へ行ってお金が入った封筒をもらうときです。専務の村田啓介が、手渡しする経理の女子の隣で、ねぎらいの言葉をかけられます。
「茂ちゃんは、専務さんに、囲われてるんでしょ」
茂子は、そう指摘されて、それが事実だから、ドキッとしてしまいます。
「でもね、茂ちゃんだけ、ちゃうよ、ほかにも、いるみたいよ」
光子が言うのには、昨年の春に採用した女子、中学を出てきて16歳の女子。目鼻立ちが揃った綺麗な女子が、専務啓介のお気に入りになって、最近できた五番町のラブホテルへ、夜に、連れていかれている、というのです。その女子の名前を、光子は明かさないのですが、どこからか情報を得ているのです。
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茂子は、最近、専務からのお呼ばれが、少なくなったと感じています。土曜日は時間をかけて、たっぷり可愛がってもらえるのに、少し時間が短くなったのです。ひところは、平日にも呼ばれて、卯水旅館で短時間、からだを求められていたのが、ここ一か月は、呼ばれることがなかったのです。
<どうしたんやろ、専務さん、わたし、棄てられるんやろか、まあ、いいけど、お金がぁ>
19歳になる茂子には、世間の常識はまだわからないところもありますが、男との関係になると、もう大人です。からだも大人だし、性の生活も大人です。茂子は、夜の時間だけど、卯水旅館のウメさんを訪ねます。なにかと親切に、扱ってもらえるので、実の祖母のようにも感じる茂子です。
「うん、どうしたん、茂子ちゃん、今夜は、ひとり、なんやね」
「そうなんよ、わたし、なんかしら、淋しいの、淋しい気持ちなんよ」
「どうして、失恋したの、どうしたのよ」
卯水旅館の茶の間で、茂子は女将のウメに心の内を打ち明けます。専務の村田啓介のことは、強い気持ちで恋しているのではありません。といっても、いい男子がいるわけでもなくて、親しかった京子が近くにいなくなって、それも淋しさの原因のひとつです。
「そうそう、男が欲しい、そんな気持ちなん、違うの、茂子ちゃん」
「そんなことあらへんけど、なにかしら、淋しい、わたし」
「きっと、男が欲しいんや、男がいたら、淋しさなくなるん違うか」
「そうかも、しれへん、わたし、専務さんと、別れたら、お金、もらえへん」
「お金、欲しいんか、茂子ちゃん、ほんなら、いい男、紹介してあげよか」
「まあ、それでもええけど、お金もらえるんやったら」
ウメは茂子が啓介から毎月いくらもらっているかを知っているから、それに見合うお金を都合してやるのです。茂子に、男客を紹介するというのです。
「織子の仕事も辞めて、おばちゃんのとこに、仕事しにおいで」
「仕事しに、って、どんなお仕事なの」
「お客さんの接待よ、茂子ちゃんさえ、よかったら、来たらいいよ」
「泉織物辞めたら、寮、出んならんし、住むとこ、どないしょ」
「心配しなくていいのよ、近くに気楽は部屋があるから、そこ、借りてあげる」
「そうなの、わたし、織子より、お客さん相手のほうが、向いてるかもしれない」
茂子は、卯水旅館の中居として、働くことに決めます。中居として働くというのは名目で、女子を求める男子との仲介を女将のウメがする、というのです。
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茂子は、人恋しくて、京子に会いに化粧品店すえひろを訪ねます。先に泉織物を辞めた京子が、すえひろで店員をしていると聞いて、会いに行くのです。茂子はもう織物会社勤めはしていなくて、卯水旅館の中居です。中居とはいっても夜の世話係だから、昼間は時間がとれます。西陣京極の細い道の中ほどにすえひろの店があります。茂子は、このすえひろで化粧品を買い、隣の洋装店ユミで下着類を買っているから、店の中の様子はよくわかっています。
「なんや、茂子やん、会いに来てくれたんね、わたしも会いたかった」
「京子が高校生になったって、えらい評判やったよ、それに比べたら、わたしは、ね」
「茂子かって、専務さんと別れたんやろ、それで会社辞めたんやろ」
「まあ、そういうことやけど、なんかしらつまらないわ」
「そうなん、わたし、今日は水曜で学校ないし、カドヤでごはん食べよか」
「洋食ランチ、久しぶりやわ、食べよ、もう終るんやろ」
「水曜日やから、最後までいて、七時よ、あと一時間」
「ほんなら、ここにいて、ええやろか」
「いいよ、茂子、常連客なんやから、君子さんとも、会ったらいいやん」
明るい雑貨と化粧品のお店は、煌びやかです。19歳になる茂子も京子も、丹後の田舎から京都に、憧れもあって、織物会社に、織子として就職してきて三年。退職して、京子はバイトとモデル業、茂子は旅館の中居と接客業、女だからこそできる仕事に就いたのでした。
「うわ、ランチ、美味しいランチ、エビフライ、ハンバーグ、ハム」
「美味しいエビフライとハンバーグとハム、わたし、好き、丼より好きよ」
「誠二って子、一緒なんやろ、京子」
「一緒って、学校が、やけど、学年違うし、なかなか会われへんのよ」
京子は、日曜の昼に、誠二のアパートへ行ってご飯をつくって、一緒に食べていることは、話題にしません。
「そうなん、誠二って、高校三年生なんやろ、寿司屋、辞めたんやろ」
「自動車の整備士になるんやと言って、モータースで見習いしてるわよ」
「それで、京子は、誠二が、好きなんやろ、関係したん?」
「なによ、茂子、それは、まあ、まだ、してないわ、ほんとよ」
「男は、わたしは、お金のための、相手だよ、京子は、いいわね」
「なによ、どうして」
「だって、好きあってるんやろ、誠二と」
「まあ、そうかも知れん、誠二も、好いてくれてるんかなぁ」
京子には、誠二から、好きだと言われているから、好かれていると思っています。でも、どうしてか、茂子には、本当の気持ちを伝えらえれないのです。ランチの皿がテーブルに載せられ、フォークとナイフで、エビフライやハンバーグやハムを食べるのです。