物語のブログ


秋立ちて-4-

 25〜32 2018.11.10〜2018.11.15

 

-25-
 静かな男と女のいる部屋だ。渋谷駅前の雑踏か雑踏からは想像がつかない静寂だ。空調の擦れる音がかすかに部屋の空気を振動させる。真紀がスーツの上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外しだす。北村は、その光景を黙って見ている。見ながら、真紀のうつむく表情がとても可憐に見えた。均整のとれたボディだ。ブラウスのボタンを外したところで、真紀が北村の手を引き上げた。黙って、北村に、ブラジャーの上から、胸をまさぐらせる。
「はぁああっ、次長、わたし、もう、ああっ、はぁああっ」
北村が胸に当てた手首を、真紀が軽く握る。言葉になるかならないかの小声だ。いつもは気丈な真紀が呻くような声を洩らす。北村は真紀の手を退けさせ、カッターシャツのボタンを外しにかかる。ボタンを外したところで、真紀がしがみついてくる。黒いタイトのスカートを着けたままだ。パンストだって穿いたままだ。インナーを着けたままで、しがみついた北村の、腰のベルトを外す真紀。北村は、ズボンを降ろされて脱がされ、靴下は穿いたままだ。真紀は、片膝を立ててしゃがみこみ、北村が穿いている黒いトランクスに、頬を摺り寄せる。
「おお、真紀ちゃん、いいのかい、いいのかい」
北村が、逆に戸惑うほどに、真紀が普段とは違った野村真紀になっていくのだ。
「はぁああ、次長さん、ここ、ふくれてる、膨れてるわ」
頬を擦らせながら、真紀が呻くような声を洩らしてくる。男の北村信之、四十だとはいっても独身男性だ、日常的に不自由しているから、呼び覚まされる性欲で、そのモノは勃起しはじめている。信之はトランクスを降ろし、足をひろげて太腿で留め、男のモノを露わにさせた。真紀が、ためらうことなく根元を握り、ため息交じりに唇を、その先に当てて、ぶちゅ、ぶちゅっと吸いだす。信之が見下ろす格好で真紀を見る。たしかに真紀の唇のなかに自分のモノが咥えられているのが見える。黒いスカートは太腿の中ほどまで引きあがり、黒いパンティストキングの膝が透けてみえる。
「真紀ちゃん、おおっ、椅子に、座ろう、立って、ほうら」
真紀に咥えているモノを外させ、立たせてそのまま後ろ向きに、肘掛椅子に尻を置かせた。北村はカッターシャツを脱ぎ、白い下着の半袖シャツだけの姿になる。
「ああっ、次長さま、わたし、脱がせて、わたし、裸にして」
少しは酔いがまわっているのか、真紀は頬を赤らめている。泣くようにすがってきて、悶えだしている28歳。日常は鉄のような女子なのに、いまは柔らかい綿のような女子になっている。

-26-
 真紀の腰から下を脱がしていく信之だ。立ったままの真紀が、しゃがんだ信之の肩に手を置き、倒れないようにバランスをとる。スカートのホックを外してやり、そのまま足元へ落す。パンストに包まれた臀部から腰。信之は腰から手を入れ、臀部を脱がし、太腿の根元にまで降ろしてやる。白にピンク柄のショーツが、男の信之には眩い。そのショーツも臀部から抜いて、太腿の根元にまで降ろしてしまう。立ったままの真紀が、ため息のような声を洩らしてくる。
「ううん、どうした、真紀ちゃん、おれ、ドキドキだよ」
「ああん、次長さま、わたし、ああん、わたし、どうしたら、いいの」
「ううん、こんどは、おれが、真紀ちゃんを、可愛がる」
「こんな、わたしを、次長さま、可愛がってくださいますの」
真紀に後ずさりさせ、肘掛椅子に座らせる信之だ。まだパンストとショーツを太腿に留めたままの真紀。座って、太腿からパンストを降ろして足首から抜き、ショーツを脱いでしまって、下半身が裸なる。思いもかけない真紀の腰から下、裸の真紀だ。信之が、椅子に座る真紀の前に膝まづき、左右の膝に手の平を置く。
「ほうら、真紀ちゃん、膝をひらいて、ほうら、見ていいんだろ」
「はぁああ、次長さま、ああん、恥ずかしい、だめ、見ちゃ」
真紀は言葉とは裏腹に、信之が手をおいた膝を、足首は揃えたままで、ひろげたのだ。信之は、スポットのライトが真紀の下半身に当たるように仕向け、ひろげた膝の奥に目線を当てる。
「はぁああっ、次長さま、みちゃ、いや、見ちゃ、嫌、嫌よぉ」
恥ずかしげの声で、真紀がつぶやくように洩らしてくる。信之は、真紀を可愛いと思う。いつもの真紀とは違うのだ。声も仕草も顔つきも、真紀の全てが、仕事の中の真紀とは違う、と信之は思った。自分のモノを口に含まさせたから、こんどは自分が真紀のソコを舐めてやりたいと思う。座った臀部を前にずらさせ、膝を足首ごとひろげさせ、真紀の股が椅子の座部からはみ出る処にまでもってこさせる。
「はぁあ、ああっ、次長さま、わたくし、ああっ、おねがい、ああっ」
信之が、顔を股にくっつけ、鼻を柔らかい真紀のソコに押し当てたのだ。真紀が、反応してくる。まだ唇を使う前、舌を使う前だというのに、真紀が反応してきているのだ。信之が、真紀の膝裏を腕に抱きあげ、その腕を真紀の腰にまわす。膝から太腿をひろげてしまう真紀の真ん中へ、顔を埋め、唇で真紀の柔い下唇を擦ってやり、広げてやり、谷間に舌を挿し込んでやる。
「ああん、次長さま、わたくし、ああ、いい、いい、いいですぅ」
初めてどころか、かなりの経験を積んでいるようにも思える鉄仮面のようだった真紀だ。信之は、真紀の過去は知る由もない。仕事にはきつい28歳の才女といっても、女は女、28歳、信之は真紀の燃えてくる様子を感じて、嫉妬する気持ちになるのだ。信之のクンニが終わると、真紀はブラウスとブラジャーを脱いで全裸となり、そのままベッドに仰向いて寝そべった。信之も全裸になり、真紀の横に寝そべった。男が女を求め、女が男を求める。絡み合い、柔肌を愛撫しあい、男のモノを女のソコへ挿入し、高揚する感覚を確かめあう。

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 真紀の方が燃えた。四十を迎えた信之は、もう中年の域に達しているから、それほど激しくはない。持続力はあるから、困りはしないが、性急さがない。真紀は28歳の女体だ。しっかり男を受けとめ、からだの中で熟成させて、内側から盛り上げてくるのだ。
「ああ、ああ、次長さま、ああ、ああ、ああっ」
「うむ、うむ、真紀ちゃん、いいんだね、いいんだね」
「いい、いい、ああっ、もっと、もっと、もっとよ、次長さまぁ」
ベッドに仰向いて、立膝して股をひろげる真紀へ、信之が勃起させたモノを挿入しているのだ。ぶすっ、ぶすっ、ヌルヌルの真紀へ、男根が挿されて抜かれる。全裸の信之に全裸の真紀。上司と部下、男と女、ラブホテルの一室で、絡み合っている最中だ。真紀が男と寝るのは三年ぶりだと信之は察した。信之はといえば、ソープランドでの放出を別とすると、ほぼ二年ぶりの性交渉だ。かってつきあった男がいる真紀、かってつきあった女がいる信之。要領はわかっているから、愛情というよりセックスが優先しているところだ。
「おおっ、真紀ちゃん、もっと、擦れよ、擦れ」
仰向いた信之の腰に跨った真紀が、男のモノを女のソコに挿し込んで、跨っているのだ。ぐいぐい、真紀が臀部から股間を、信之の腰に擦りつける。強い刺激を求める真紀だ。
「ああっ、はぁああっ、はぁああっ」
股を信之に擦らせ腰を前へ動かすたびに、真紀の口から呻く声が洩れる。前へ擦らせるときは裸の上半分を伸ばし、後へ擦らせるときは上半身をかがめる真紀だ。信之は手で真紀の乳房の裾に手を置き、倒れ込んでしまわないように下から支える。真紀はといえば、信之の腕に腕を絡ませてて、しがみつく格好だ。
「おおっ、ううっ、いいねぇ、いいよぉ」
「はぁああっ、いい、いい、いいですぅ、ああっ」
「うんうん、真紀ちゃん、いいぞ、いいぞ、もっと、もっと」
「あああっ、次長さまぁ、ああっ、もっと、もっとね、ああっ」
真紀の腰がくねり動き、股が信之の腰に擦られる。信之の勃起するモノが、真紀のソコの内襞を擦る。真紀が正気を失ってくる。信之はかなり冷静だ。真紀が日常には見せない女を醸しだすのを、信之が感じる。可愛いと思う。愛着を感じる。心が真紀を受け入れる。
「ああ、ああっ、だめ、だめ、いきそお、ああ、ああっ」
「おおおっ、真紀、いい、いい、ううっ、おおっ」
真紀が、のぼっていく途中でストップをかけた。ベッドの手元に忍ばせていたスキンの袋を手にして、信之から抜き去り、太腿を跨ぐ真紀だ。袋を破り、信之の勃起したモノを濡れたまま口で拭う真紀。二度三度と顔を上下させたあと、手にいたスキンを信之にかぶせ、真紀は装着を終えた。
「うん、可愛がってあげるって、いったでしょ、次長さま、わたくし、ああ、ああっ」
真紀がふたたび信之の勃起するモノを、女のソコに挿し込みだす。股をひろげた臀部をおろし、信之の勃起するモノをぶすぶすと、根元まで挿し込むと、そのまま、ぐいっ、ぐいっと、ひろげた股を信之に、擦らせる。
「ああ、ああっ、次長さま、ああ、ああっ、わたくし、ああっ、いく、いく」
真紀の動作と声に、信之も身体の奥の感情が、高揚してくる。勃起したモノが根元の奥からうねりだし、ぐぐっとせりあがって射精する。
「ああああっ、ひやぁあああっ」
真紀がその痙攣衝動を受け、突き挿された衝撃で果てていく。真紀は大きな声を洩らし、満足のあと、信之の胸にぐったりとして倒れ込む。ほぐれて柔らかくなった裸の真紀だ。信之は寝そべったままその真紀を抱いていた。

-28-
 大田多恵が島村京子と倉田義一の結婚披露宴に参じたのは、京子と義一が高校時代の同級生で呼ばれたからだ。京子のお腹には義一の子がいてもう六か月になるという。結婚式は身内だけで神社で挙げて、披露宴がパレスサイドのホテルで開かれるという案内をもらった多恵だ。新婦も新郎も多恵と同級生だから35歳だ。
「ありがとう、大田さん、ぼくたちのこと、よろしくおねがいします」
新郎になる倉田義一とは、高校を卒業して以来のことだから、もう遥か昔に会ったきり。高校生の面影を残しているが、小太りになっていた。高校生の時に好き合って、付き合っていたいたけれど、卒業とともに疎遠になっていったが、同窓会の世話人になってきた義一と会って、いい関係になった二人だ。どれくらいの交際があって妊娠してしまったのか。多恵には知る由もないが、今、目の前に、二人が揃っていて、結婚式を挙げたというのだ。
「お久しぶり、倉田さん、京子とお幸せに、ね」
「ありがとうございます、新居へは、遊びに来てほしいね、太田さんには」
「来年の春には、お子さんが誕生、なんでしょ、羨ましいわ、わたし」
「そうなんだ、大田さん、まだ独り身なんだ、でも、陶芸作家で活躍しているんでしょ」
「いえいえ、まだまだ、駆け出しよ、わたし、羨ましいわよ、わたし」
多恵は、まだ婚期を逃したとは思っていないが、年齢からいって、適齢期を越えていることは確かだと思っている。多恵においては、相手の家柄とか格式とか、とやかく言う親戚もあるから、おいそれとは結構にまで及ばない。親や親戚が勧めてくる相手には、なかなか好きにはなれなくて、断ることばかりだ。好きになった相手がいても、結婚にまで成熟しないのが多恵の身の周りだ。
「多恵は、芸術家やし、やることいっぱいあって、結婚どころじゃないのよね」
新婦の京子が、多恵に慰めとも励ましともつかない言葉で、返してくる。多恵に結婚願望がないわけではない。女の身として、専業主婦になりたいとは思わないが、好きな男と夫婦になって、家庭をつくることも思うところだ。披露宴が始まって、義一が勤める信用金庫の支店長が挨拶をおこない、乾杯となった。京子はアパレルの卸しを扱う会社の事務員だ。
「そうなのよ、勤めは今年いっぱいで辞めて、当分は子育てに専念するつもりよ」
京子は、かって詩を書いていた文学少女だったが、それが仕事になったわけではなくて、女子大へ進学し、アパレルの方へ進み、会社に勤めて十年になるという。古参の女子社員になるから、結婚と同時が引き際だというのだ。幸いにも、夫となる義一は地元の信用金庫に勤めていて、係長だし、これからの展望も明るいから、京子を専業主婦としていっても、生活は成り立つのだ。新居は郊外の公団のマンションに入居が決まっている。

-29-
 花嫁の衣装を着た京子は、夫となる倉田義一と腕を組んで、嬉しそうな顔で参列した人たちのテーブルへ挨拶にまわってきた。多恵のテーブルは京子の側の来賓で、高校の時の英語の村井先生が招待されていて、多恵のことを覚えていた。白髪になっておられる先生で、しきりに多恵のことを訊いてくる。
「そうなの、大田さんは陶芸家か、高校の時は文芸部にいて、詩を書いていたよね」
「先生、よく覚えていらっしゃるわ、わたしのこと」
多恵は、覚えておられることに驚いたが、教え子の記憶が教師には残っているらしい。披露宴の席は、雑談タイムで、新婦が化粧直しでメインのテーブルには新郎の倉田義一だけが座っている。職場の同僚たちが義一を取り囲んでなにやら笑い声をあげている。
「覚えていますとも、大田財閥のたった一人のお嬢さま、大田多恵じゃありませんか」
「いやですよ、先生、財閥のお嬢さまだなんて、そんなこと言っちゃ、困りますわ」
「でも、事実そうなんだろ、ところで、まだ、御養子さんは、もらってないんかね」
「わたくし、まだ、独り者ですわ、先生、いいヒトいませんか」
「むつかしいねぇ、誰でもよいってわけには、いかないんだろ、大田多恵の場合は」
白髪の英語の先生、定年退職後も嘱託で教壇に立っているというのだ。お色直しが終わって、新婦が入場する。新郎が迎えにいって、新郎新婦揃って入場してくる。照明が消され、丸いスポットライトが入り口に当たり、扉が開かれると、淡いピンクのドレスを着た京子が、鳴り物入り、義一と共に入ってきた。拍手喝采、もう妊娠六か月になる京子への祝福だ。あらためて祝辞が述べられる。義一の大学時代の友達だ。
「義一って奴は、言っちゃなんだけど、人気者でした、女の子には、どうだか、新婦にわるいから触れないけれど、面倒見がよくて、よく奢ってもらいましたねぇ、イケメンだし、学業成績よかったし、でも、結婚、おめでとう、嫁さん、大切にしろよ」
祝辞を述べた義一の友人に拍手。続いて新婦京子の方からは、職場の後輩が挨拶に立った。
「京子先輩、おめでとうございます、ばらしちゃいますけど、できちゃった婚、祝福します、いいですねぇ、うらやましいです、わたしたち、職場の花々は、京子先輩に見習わなくて、できちゃった婚ではなくて、結婚しますから、でも、職場の花、京子先輩に祝福します」
できちゃった婚という言葉が飛び出して、場は白けるどころか拍手が起こり、ブラボー!という声が飛んで、笑いに包まれた。ともあれ、多恵には羨ましいと思えた。披露宴の席がお開きになって、一階ロビーの喫茶コーナーで、多恵は村井先生とコーヒーをいただくことになった。懐かしい英語の先生との歓談だ。
「いいえ、先生、そこそこの年ですよ、縁がないですから、淋しいといえば淋しいですけれど」
「そうだろうな、こういう席にはよくお呼ばれするんだけど、最近は晩婚だね、ほんと」
「昔の人は、二十歳くらいで嫁に行ったといいますね、信じられないですよ」
「世相が変わった、いまは自由だ、女子も自由になった、ところで大田多恵は、芸術家だね」
「そんなんじゃないですけど、陶芸家って呼ばれたり、書かれたり、恥ずかしいですわ」
「いやいや、教え子の名が、出てくると、嬉しいよ、がんばりなさいね」
「ああ、先生こそ、いつまでも、健康でいらしてね、また、わたしの作品も見てくださいね」
村井先生は、パレスサイドホテルの玄関口で、タクシーに乗られた。多恵は、まだ空が明るい時間だったから、御所の中を歩き、丸太町通りに出たところからタクシーを拾って、銀閣寺の陶房へ戻った。

-30-
 その後、多恵の陶器を扱う土産物店の店員松宮良一とは、お店で顔をあわしても、関係ない風を装う多恵だ。それでも松宮は、多恵と顔を会わすたびに、じっと見つめてくるから、多恵はうつむいて目線を合わさないようにしてしまう。バスで帰ってきてバス停から陶房までの道筋に松宮が勤めている店がある。結婚披露宴の帰りだ。気持ちがとっても疲れた感じで、ひとりいるのも辛い気持ちで、ふらっとその店に立ち寄った。松宮が会釈した。多恵は、軽く会釈して返す。ぎこちない仕草だ。お互いに意識しあっているのだ。
「今日は、ドレス姿ですか、おねえさん、結婚式に出てられたんですか」
その服装と手にしたバックから顔を出すお土産の花束で、松宮がズバリと言い当ててきた。多恵は、よそよそしく、そうよ、と答えた。松宮は七歳も年下の男だ。この前に、多恵は、このイケメン男に、からだを許した。その痕跡を消したかったから、無視する風を装った。
「ええ、そうなの、高校の時の友達が、結婚したのよ、それで」
「そうでしたか、おねえさん、綺麗ですね、とっても」
「なによ、良ちゃん、そんなに茶化さないでよ」
多恵は、松宮に、その美貌を褒められて、嫌なわけはない。嬉しいけれど、素直に喜ぶことができない。多恵の心に、松宮の存在が残っている。残っているどころか、かなり深くに滲みこんできている。そのことを自覚すればするほど、多恵は、おいそれと松宮良一に近寄れないのだ。
「お金、返さなくっちゃね」
「なに、おねえさん、いいんです、いつでも、いいんですよ」
「でも、そうね、家に現金あるから、来てくれたら、返しますよ」
「えっ、行ってもいいんですか、おねえさんの家、ほんとですか」
松宮が来ることを禁じているわけではないが、呼ばないから、来るわけがない、と多恵は思っていた。田宮にしてみれば、夢を見ているような夜だったあの時のこと。あの時のこと、あの脳裏に焼き付いた光景を、感情を交えて思い出すことしきりだった。松宮にとっては高嶺の花、遠いところにいる女人だ。多恵にしても、近くにいながら気持ちを交わらせてはいけない男子だ、と思っている。
「行っても、いいですか、おねえさん、今夜でも、いいですか」
「ううん、そうね、良ちゃんに任せる、好きにして」
多恵は、ゆっくりとお風呂に浸かりたかった。結婚披露宴、村井先生との歓談、気を使った会場だったから、気疲れしたのだった。松宮良一の顔を見て、少し癒された気分の多恵は、陶房に戻ってすぐ、お風呂にお湯を入れた。

-31-
 多恵の生活空間は二階だ。一階は陶房の作業場で、土地は五十坪だが、建屋は一部二階建ての三十坪だ。祖父の大田耕三が所有している家屋だが多恵が陶芸をするというので、五年前、多恵が三十になるとき、陶房仕立てに改築したものだった。二階は生活空間としていて、洋間一室、和室一室、それに寝室の三室。ダイニングキッチンがありバスルームがありトイレスペースがある。バスルームからは大きなガラス窓越しに山の樹々が眺められる。多恵は、窓からの夕暮れの光を愛でる感覚で、暗くなってしまうまでの一時間ばかしを、ぬるめのバスタブに浸かっていた。
<結婚かぁ、いいなぁ、でも、わたしには、主婦なんてできないなあ、きっと煩わしいと思う、独りもいややけどなぁ>
昼間に呼ばれていった披露宴、倉田義一と京子の屈託のない幸せそうなそぶりを目の当たりにして、多恵は、少し気持ちを滅入らせた。温かくなったからだを抱いて、上がってきて、バスタオルで身を包み、洗面場の鏡に、自分を映してみる。
<良ちゃんがくる、二階へこさせよう、ごはんをたべよう、わたしが作ってあげる、いいわね>
鏡の前でからだを包んでいたバスタオルの前をひろげた多恵だ。化粧を落とした顔、ショートカットの髪の毛が、湯気に乱れて湿気を含んでいる。鏡の中の自分の乳房を見つめる。腰から膨らんだ太腿の処の黒毛を眺める。バスタオルをはずして裸になる。160センチ、小柄ではないが大柄でもない。体重も平均だ。バストはそれほど豊かではないが、ヒップはまるい。腰がくびれているからヒップが大きく見えるのだと納得する。
 多恵は軽い服装に着替えた。インナーはショーツだけ、ブラトップをつけ、その上からはふわふわの白っぽいワンピースを着た。ピンクのカーディガンを羽織った。もう暗くなっている。良一がやってくるのは、店が終わってからだから、早くても七時半だろうと多恵は思う。それまでに、良一を受け入れる用意をしておこうと思う。食事を用意しようと思うが複雑な料理はできない。トースターで焼けばいいだけの出来合いピザに野菜とハムのサラダ、それにワインを用意する。電子レンジで温め物をして食べればいい。多恵は年下の松宮良一を二階に導き入れてもいいな、と思っている。素直でナチュラルな感じが年上の多恵には、好感が持てた。イケメンだし、細身だし、憂いある表情を見せることもある28歳の独身男子だ。これまでは誰にも、自分のプライベートには入れたことがなかった多恵だ。七歳年下の良一には、好意を感じる。前に関係してからというもの、多恵は土産物店の店員松宮良一を、特別な位置におきだしているのだった。

-32-
 松宮良一が多恵の陶房へ来たのはもう八時前になっていた。七時に店を閉めてから売り上げの計算や商品のせいりなど、明日に向けての準備を終えてから、良一が陶房入り口のインターフォンを押した。
「はあああい、いま、あけるから、待ってて」
「はい、まってます」
リモートでロックを開ける仕組みにはしていないので、多恵が入り口にまで戸を開けに出向いた。スリッパを履いて、カギを開け、引き違い戸を開いて、のれんの向こうに立った良一を認めた多恵だ。
「いらっしやい」
「こんばんわ、ですよね、もうこの時間だもの」
「おはいり、寒くなってきたわね、おはいりなさい」
良一がのれんを除け、顔をだす。身長が175センチというから、160センチの多恵には、顔を見上げる感じになる。陶房は哲学の道より山際で、夜には街灯があるとはいえ、玄関先は暗い。
「さあ、良ちゃん、おいでなさい、二階よ、わたしのプライベートよ」
「ええっ、おねえさん、きれいですねぇ、ぼく、ほんと、二階へ、わかりました」
良一が戸惑っているのがわかる多恵だ。二人だけだ、遠慮することもない。多恵は躊躇している良一の右手首を、右手を差し出し軽く持って引いた。ジーンズに木綿のボタンシャツを着た良一だ。シャツのうえにジャケットを羽織っている。良一の普段着だ。七歳の年下で、兄弟がいない多恵には母性本能が働く。かまってやりたい、世話を焼いてやりたい。愛情というのなら、恋愛の感情というより姉弟の感情なのかもしれない。良一を二階の洋室へ通す多恵。玄関の間をから陶房にはいる右に階段があり、二階の踊り場は四畳半だ。広めの3DKだ。十六畳の洋室、八畳の和室、この二部屋が客室だ。多恵が日常に生活する空間は、バストイレ、八畳のダイニングキッチンと六畳の寝室だ。寝室は洋間で宮付きのセミダブルベッドだ。
「いいなあ、広いなぁ、ぼくの部屋よりも、はるかに、めっちゃ広いじゃないですか」
洋室に通された良一が感嘆する。明るい部屋はモダンというよりアンティークなヨーロッパ調だ。硬めグリーン革のソファーがあり木のテーブルがある。そこから襖戸で仕切られた和室が見える。泊りの来客があるときには、この和室が寝室になる。とはいえ、多恵のプライベート空間で泊り客を迎えたことは、これまでにはなかった。
「ねぇ、ねぇ、良ちゃん、ごはん、食べるでしょ、用意してあるから」
「おねえさん、ぼくは、びっくりだよ、まさか、二階で、なんて、それにごはんだって」
「わたし、感謝なのよ、お金、返さなくっちゃ、ねっ」
明るい洋室は、スポットライトになり、空調が効いており、アップライトのピアノが置かれている。書棚には陶芸の全集や文学書や写真集などがしまわれている。
「こっちに来て、ごはん、食べるのよ」
ダイニングといっても家族で食事ができる八畳の広さだ。白木の六人テーブルがあり、グリーン系のシステムキッチンだ。バストイレにつながるドアがあり多恵の寝室につながるドアがある。良一は、多恵に通されたこの空間に、目を見張る。日常的に親しくしゃべれるようになった陶芸家大田多恵が、良一には遠くの存在に思えた。
「さあ、わたし、つくったのよ、といってもレトルトだけど、ワイン、飲むでしょ」
テーブルのコーナーを介して、多恵の目線にキッチンが来て、良一の目線には和室が見える位置だ。
「パーティーにしましょう、食べてよ、良ちゃん」
立ち上がった多恵が、照明をスポットライトして、手元が明るくなる。料理の皿が並べられ、赤ワインをグラスに注ぐ多恵。ピザがあり、グラタンがあり、温野菜があり、ハムやチーズがテーブルに並ぶ。
「おねえさん、どうしたの、びっくりだよ、ほんと、ぼく、びっくりしてるよ」
「ううん、良ちゃんに感謝よ、わたしの陶器、売ってくれてんだもの」
「いえいえ、こちらこそ、大田多恵って名が、いいイメージだし、作品も、いいですし」
「いいのよ、いいのよ、さあ、飲んで、食べて、良ちゃんひとりだけだから、遠慮しないで」
「ピアノ、おねえさん、弾くの?」
良一は、ワイングラスを片手に、ピザを食べながら、多恵に聞いてくる。多恵は、高校生のころまでピアノを習っていた。文学で詩を書くようになるまで、ピアニストになりたいという気持ちもあった。ワインを飲み、野菜をフォークに突き刺して食べながら、そのことを良一に、ぽつりぽつりと話す。
「ええっ、そうなんですか、ぼく、ピアノ、いまも、弾いてるんですよ」
「ええっ、良ちゃんが、ピアノ弾くの、知らなかった、そうなの」
「音大行きたかったけど、金かかるし、文学部にしたんだけど、小説家、目指してるんだ、いま」
「そうなの、わたし、文学部よ、詩人、めざしていたんだ、あのころ」
二人だけのパーティー、多恵陶房の二階スペース、京都の大田財閥、その直系の一人娘太田多恵だ。良一といると屈託なく心が穏やかになる。















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