物語と小説のブログから


愛の夢-2-

 9〜16 2018.9.17〜208.9.26

-9-
 夜が深まり、もう深夜になる時間、午後11時だ。LINEで返事が来るかと待っていたが、来る気配はなかった。啓介は少し落胆し、パソコンでYouTubeを開ける。YouTubeのアダルト系動画を見るのだ。男子が、女子のことを知る、そのためにあるような動画だ。あるいは女子が男子のことを知る、そういう動画サイトだ。啓介は男子だから、女子の裸体が現れる動画を見る。なまぬるいといえばなまぬるいが、誰にも知られないまま鑑賞できるから、重宝している。
<志保かぁ、大学三年生かぁ、水玉のワンピ姿、清々しいイメージだよな>
志保の姿と表情が、写真に撮ってあるから、啓介は、その志保の表情と姿を見て、YouTubeの女子を見る。
<ピアニストになるのが夢だったのか、志保のピアノ、聴きたいな>
 志保を最初に見かけたのは心斎橋のヤマハだった。ピアノの楽譜が置いてある棚の前にたたずんでいた志保を見かけたのだった。ショートカットの髪の毛がボーイッシュにも見えたが、顔をみるとそれは清潔で可愛い女子学生、という感じで、啓介には、なにかしらを訴えかけてくるテレパシーの波を感じたのだ。一目惚れ、といえばそういうことだけど、相手がどう思ってくれるかわからなかった。あとをつけていくと戎橋のグリコの看板が見える処に立ち止まったのを見て、写真を撮らせてほしいと、声をかけたのだった。芸大で写真を学び、ブライダルの会社でアルバイトをしながら作家を目指している啓介だ。どうしてだったか、声をかけ、お茶を誘って、ついてきた志保だ。カメラマンに憧れている、そんな風にも思えた啓介は、おそるおそる次につないで、それが今日の撮影だった。
 啓介がYouTubeの動画を見ながら、独りで男の性欲を処理するときに、志保のことを脳裏にイメージしながら、処理に耽るのだ。志保に、彼氏がいるのかどうか、気になる処だが、最初の時についてきたということは、たぶん彼はいない、と推測する啓介だ。しかし、YouTubeの動画に男女の絡むシーンがあって、啓介には、志保が同じようなことをしている、いま、ひょっとしたら、こういうことをやっている最中かも知れない。もう遅い時間だから、終わっているかも知れない。彼氏がいるからLINEで、返事がないのかも知れない。啓介は、アンハッピーな方へと思いをおとしていくのだ。そもそも、啓介には悲観するフェチ体質があるようなのだ。さて、次の手は、と啓介は考え思うのだった。

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 秋の気配が漂う日々になってきた九月の朝、目ざめた時、志保はうっすらと淋しさの気持ちを覚えた。パジャマ姿のまま、ベッドに横たわったまま、目ざめて少しの時間だけれど、ぼ〜っとしているのだった。この朝は、午前七時前だった。昨夜、眠ったのは午前一時頃だったから、睡眠時間六時間、少し寝足りない感じだが、気になることがあったから、淋しさの感情とともに、可奈の顔が浮かび、向井啓介の顔が浮かんだ。
<可奈とはお昼だから、十時半に家を出れば、いいんだ>
可奈とはLINEで、昼に学校で会う約束をしていて、学食で一緒に食べて、話をしようというのだ。淋しさは、秋の訪れ、夏の暑さを越えてきた身体と気持ちが落ち着いてきた証拠だ。ゆったり、朝寝して、ダージリンンのミルクティーとヨーグルト、それに六枚切りトーストを一枚、トースターで焼いて食べる。パジャマを着たまま、歯磨きと顔を洗いに洗面コーナーに立つ志保だ。パジャマの時はインナーはつけていない。裸にパジャマだ。ベッドには目覚まし時計があるけれど、セットしないことがほとんどだ。窓の遮光カーテンの隙間から光が射しこんでくる。
 洗面が終わり、パジャマのまま、ポットでお湯を沸かし、紅茶パックをマグカップに垂らし、冷蔵庫からトーストを取り出し、焼いていく。バターもマーガリンも使わない、苺ジャムで食べる。小さなちゃぶ台、フローリングにはカーペット、狭い空間だ。畳にして一枚半ほどの平面だ。そこにちゃぶ台だから、ますます狭い感じがする。実家ではピアノ室があり、自分専用の寝室があり、ゆったりしているが、自由に時間を過ごせないから、大学の二年生になって二十歳になったとき、独り生活を始めることができた。学校で、男の友達は、サークルとか研究会で、たくさんいるけれど一対一でつきあう男子はいない。可奈ほどに、興味がない、といえば嘘みたいだが、可奈の話題になる、それほどには、男子に想い入れる気持ちはなかった。
「淡白なのね、志保って、どうみても、淡白よ」
「そうかしら、わたし、でも、結婚したいし、旦那さん大切にしたいと思ってる」
「そうじゃないのよ、志保は、淡白なのよ、ピアニストめざしていたから?」
可奈との会話で、男との交際で、その体験を、可奈が語るのだが、志保には、それほど男子と結ぶことに興味がわかなかった。その可奈とは、今日のお昼に学校であって、お昼ご飯を食べて、おしゃべりする。向井啓介からLINEで写真を送ってもらい、夜にメッセージが届いてから、一週間が経っている。返信しないまま、啓介のほうからもその後メッセージは届いていない。

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 学食メニューでよく食べるのは、志保も可奈もハンバーグランチだ。志保が12時過ぎに行くと、可奈はもう先に来ていて、テーブルにはハンバーグランチの皿がある。志保は、自販機で食券を買い、窓口で受け取り、可奈が座ったテーブルの前に座った。窓辺に近いテーブルは、明るい光でランチが映える。
「うううん、ちゃうのよ、わたしって、あかんのよ、あいつには、あかんのよ」
小柄で可愛い可奈は、一年上の大村慎吾という恋人がいて、街で会って、それから公園へ行き、陰にはいって抱きあうといった。その慎吾のことを、可奈は、あかんのよ、というのだ。なにがいけないのか、志保は、可奈に訊ねるが、明確な答えは返ってこない。
「あかん、ってなにが、いけないのよ、可奈の、あかんって意味、わからへん」
「あかんのよ、あいつ、だめなやつ、あかんのよ」
どうも、可奈は不満が溜まっているようだと、志保は思ったが、その具体的な内容は、可奈が告白しないとわからない。
「でも、すきなんでしょ、大村先輩のこと」
「それはそうだけど、あとしばらくで、卒業でしょ、東京なのよ、就職」
「別れるってわけじゃないでしょ、遠距離、すればいいんや」
「まあ、ね、それは、そうかも、ね」
可奈は、志保に恋人がいないことを熟知していて、当てつけに男のことを話題にするのだ。志保は、経験がないから、可奈のそのときの振る舞いというか姿を、想像するだけだ。男と女、女と男、と言っていい。
「そうね、週に一回くらいかな、公園で触られたりすると、わたし、もう、あかん」
「どういうことか、わたしには、意味不明だよ」
「だから、わたし、ついつい、ついていっちゃうのよ、あいつ、あかんのよ」
可奈は三人目だと、志保に告白したけれど、つき合った男子はもっと多いのだ。男と女の関係にまで至った男子が三人。その三人目がサークルで一年先輩の大村慎吾だというのだ。
「あいつ、すきん、持ってこないから、わたしが管理なのよ」
志保には、興味の範疇ではあるけれど、経験がないから、具体的なことはイメージできない。でも、知識はある。避妊の知識は、ネットで調べて分かっている。だが、そもそも、そういうものを使うということが、とっても滑稽に思えて、わたしなら、そんなの、いやだなぁ、と思うのだ。
「うっふふ、志保はおくてよ、時代に乗り遅れてると思うんだ、21だよ、わたしら」
「そうよね、もう、こどもじゃないものね」
「子供じゃないから、責任とれるじゃない、もしものときだけど」
「わたしは、いいのよ、あんまり、そういうの、興味ないから」
「そうだね、志保は、お嬢さまだし、奥ゆかしいし、美女だし、ね」
ハンバーグランチはボリューム満点で、男子にあわせた分量、もちろん女子でも食べ尽くす子もいるけど、志保には量が多すぎる。小柄な可奈にも分量は多めだが、体力をつけるためだと言って、ひそひそ噺のなかで、ぺろりと平らげてしまう。ランチが終わると、駅前にある喫茶店へスイーツを食べに、志保は可奈と一緒に行く。たっぷり、可奈のおのろけ噺を聴いてあげる志保だ。そういうことでいえば、志保は、無意識、潜在的に、好きなのかも知れない。

-12-
 駅前の喫茶店では、ワッフルにシロップをかけて食べるのが志保の好みだ。それを可奈はパンケーキにバターとシロップが好きだというのだ。窓ぎわのテーブルに向きあって座って、志保はワッフルを、可奈はパンケーキを注文して飲み物はコーヒーにする。学生価格でセットでワンコインだ。
「そうなのよ、女子は、いつも、泣くほうだと思うのよ」
「そうかしら、昔の話でしょ、そんなの」
「ハンディあると思うんだ、子供、産む方だし、男は産ませるだけよ」
「でも男女の役割分担で、それ、あるべき姿よ、人間社会の、そう思うわ、わたし」
「でも、あいつ、あかんのよ、無責任なのよ」
 可奈の心は、一年先輩で東京に就職先が決まって、遠距離か別れるかの瀬戸際に立っている苛立ちなのか、おっとり構えている志保には、理解に苦しむところだ。可奈からの話題は、彼の事、男の事、男を喜ばせるコツ、といった下ネタだ。
「おさかなソーセージ、それでね、練習しちゃったのよ、最初のとき」
想像力はそれなりに豊かだといっても、志保は、そのことの切羽詰まりはないから、具体的すぎて話題を変えたいと思ったけれど、興味ある話でもあるから、経験者の可奈の話に、聞き込んでしまう。
「ちょうど、握れるくらいのん、あるじゃん、硬いようで柔らかい、それよ、皮?いて、口の中でぎゅっと吸ったりしちゃうの、よこにして、棒にして、ハモニカなんてかいてあったけど、横に唇でなめるのよ」
志保は、可奈のヒシヒシ話を聞きながら、ぽ〜っとなってくる。連想するからだ。男のモノに類似のおさかなソーセージだ。まだ経験したことが無い志保には、可奈の経験談にも、嫌だとは言わない。聞かせて欲しいとせがむほどではないが、興味がないといえば、そんなことはなくて、脳裏に描くというか、バーチャルで見て、思うと、複雑な気持ちになる。
「そうなのよ、男って、勝手だからね、女の心なんてそっちのけ、自分だけみたいな」
「可奈ちゃんの相手が、そうなんじゃない、そうじゃない人探すわ、わたし」
「志保、したことないの?ひとりで、したり、するんでしょ」
可奈は、志保のやってきたことを、根掘り葉掘り聞きだそうとする。でも、志保、あっさり、淡白だから、一人ですること、経験あるけど、切羽詰まらないから、しなくてもいいお年頃なのだ。
 啓介からLINEで着信があった。可奈と喫茶店で話をしている最中で、会えないか、写真を撮らせてほしい、と云うのだ。可奈に言うと、会ってみたら、と云う。会ってそれからでしょ、会わないと、始まらないよ、と云う。それもそうだと思って志保は、返信する。折り返し啓介から、明日の午後2時、大阪天満宮の境内で、待ち合わせしようと記してきた。志保は、わかりました、と返信した。

-13-
 向井啓介のスタジオで写真を撮ってもらうという名目で、大阪天満宮へ行く大川志保。午後二時に行く約束なのに早くついてしまって、待つことにした。南森町から天神橋筋の商店街でぶらぶらしたあと、十分も早く到着してしまった。啓介が現れたのは五分前、志保が門から入ってくるのを見つけたけれど、知らんふりした。
「なんだお、大川さん、もう、来ていたんだ、待ったの」
「ううん、待ってなんかしてないわ、待ってなかったけど」
少しソワソワする気持ちを押さえようとして、志保は、うまく言葉がつなげられない。啓介は落ち着いているように見えるが、内心は、どうしようかと迷っているところだ。なにを迷っているのか。約束は、スタジオで写真を撮ることだから、マンションのオフィス兼スタジオへ来させたらいいのだ。
「可愛い服、着てるんだ、可愛いね、大川さん」
志保さん、とか志保とか、名前を言うにはまだ慣れていないから、啓介は志保のことを大川さんと呼んだ。志保は何と呼ぶだろうかと思うと、向井さんと呼んだ志保。
「向井さんに写真を撮ってもらうために、着てきちゃった」
AKBとかのグループ員みたいな洋服で久上スカート姿の志保だ。志保にしてみれば、男と会う、ひょっとしたらひよっとして、何かが起こるかも知れない、そんなことも考えながら、インナーは清楚な、可憐な装いになるようにした。リクルートスーツでは、似合わないと自分で思う志保だ。
「そうなんだ、写真を撮る用に、選んできてくれたんだ」
啓介は、女子を一人でスタジオへ連れていくことに、わけのわからない気持ちになる。啓介は27才、女子と二人だけになるということを思っている男子だ。経験がないわけではない。女子と交わった経験は、何度もある。意外と簡単に女子がスタジオへついてくる。啓介が思うのは、女の子が好きになってくれるタイプの男子だ、と思っている。容姿は悪くない、ファッションだって地味ながら流行りを取り入れている。カメラはキャノンだ。それなりの格好してるから、女子がついてくる。啓介が思うのは、女子が密かに望んでいるのだ、ということ。男が女子を見て抱きたいと思うように、女子だって男に抱かれたいと思っているのだ、と確信犯的に思うのだった。
「お昼ごはんは、食べてきたんだろ、大川さん」
「ええ、サンドイッチだけど、食べました」
「コンビニで、飲み物でも買っていこうか、スタジオには、何があるかなぁ」
「そうですね、わたし、カルピスかなぁ、それがいいです」
コンビニはセブンイレブン、プリペイドカードがあるからと啓介が支払う。スナック菓子を入れて630円だ。天神橋筋商店街を通ってスタジオが有るビル、マンションへ来て、エレベーターで八階へ。啓介のオフィス兼スタジオ兼居住空間は、八階803号室だ。

-14-
 803号室は2DKマンションで六畳と四畳半と二畳のダイニングキッチンそれにバストイレだ。啓介は無理して南森町のマンションをオフィスとすることで、新大阪近郊よりも仕事的に優位になると思っている。見栄もある。女にもてたいという願望もある。フローリング六畳がスタジオ、フローリング四畳半がオフィス、二畳のDKにはシングルベッドがあって、バストイレに隣接していて寝室に使っているのだった。
「うん、そうなんだ、ここがスタジオ、狭いけど、この倍は欲しいんだけど」
啓介は、ストロボセットとホリゾントを備え付けたスタジオを志保に見せる。手前のオフィスは机があり棚があり、棚にはカメラ道具が置かれてある。狭い空間だ。志保は、その狭さに窮屈さを感じたが、都会の真ん中だから、それなりに納得してしまう。DKとBTは閉められていて志保には、まだ見せていない。可愛い膝上スカートを穿いた志保。うえは白いフリルがついたブラウスだ。啓介はジーンズにカメラマンチョッキを着ていて、いかにもカメラマンという格好だ。
「そうなんですね、わたしの部屋は、もっと狭い感じですよ」
「大川さん、いや志保さんでいいよね、志保さんは京都」
「京都といっても向日町ってとこで、住宅街だし、ここはビルの中ですねぇ」
「仕事場兼生活する場ですよ、一人でやってる、独立したんです」
「どんなお仕事、してらっしゃるの、お写真で」
「雑誌、エディトリアルっていうか、アドバンテージングの方だよ」
オフィスのほうに窓があって、外は見えないけれど、光が入っていている。空調の音がする。啓介がオーディオのスイッチを入れる。
「ピアノの曲を聴こうと思って、リストの愛の夢、ラブズドリーム、手に入れたんよ」
ああ、弾きたいなと思ってる曲だ、と志保は思った。誰が弾いてるんだろ。
「わたし、この曲、好きです、弾きたいと思って楽譜、買いました」
「そうだね、ぼく、知ってるよ、あの心斎橋で買ってたの、見てたから」
「音楽、詳しいんですか、向井先生」
「そんなに詳しくないですよ、それに先生じゃないよ、ぼく」
「写真の先生、じゃ、なんていえばいいのかしら、先生」
「けいすけ、けいちゃんでもいいよ、みんなそう呼んでるから」
啓ちゃんと呼ぶことにして、志保は、志保ちんと呼ばれることにして、ふたりの間で呼びあう名前を確定させた。志保は、啓介のことをなんだか好きになりそうな気がしている。身近に感じる。親しく感じる。スタジオで撮影してもらう。コマーシャル写真は、こんなところで撮ってるんだ、と志保は啓介の説明で、理解した。撮影が始まる。志保がモデルだ。スタジオでモデルになるのは初体験だ。男の人と二人だけになることは初体験ではないが、体のことは未体験の志保だ。21才にもなって未体験ばかりのお嬢さま、世間知らずの部類だ。

-15-
「もう少し、顔をあげて、そうそう、目線はカメラに向けて」
六畳フローリングの部屋はスタジオで、畳にして二枚分ほどの床が立つ位置だ。志保には初めての体験、スタジオモデル。さほど明るくはなく、アンブレラからの光で顔を照らされている。撮影の時はブンという音と共にストロボが光るから、眩いばかりだ。
「そうそう、右手を肩にまでもってきて、顔はこっち、いいね、可愛いね」
狭いスタジオで、撮影されていく志保は、なにかしら、変な気持ちになってきて、良い気持ちだ。悪い気持ちではない。なんだか知らない世界に来ている感じで、ぽ〜っと顔が火照ってくるのがわかる。数カット撮られて、休憩にはいる。
「どう、モデル、可愛いから、素敵に撮れてると思う、ほうら」
カメラの後ろのモニターに、自分の上半身ポートレートを見せられる志保だ。明るいポートレートだと思う。暗いイメージはない、明るいイメージだ。
「恥ずかしいなぁ、こんなわたし、ブスでしょ、恥ずかしい」
「どうして、ブスなんて、そんなこと、ありえない、グラビアモデルになるよ」
スタジオの向こうの部屋は暗くてよく見えないが、啓介は、四畳半のオフィスとスタジオを往ったり来たりで、目まぐるしく動いている。志保は、撮影が終わって、とっと疲れたな、と思う。慣れないから、緊張してたから、疲れたのかも知れない。
「どう、ジュース、飲んで、喉を潤したら、いいよ」
「はい、ありがとう、でも、あとで、いただきます」
肘掛椅子がある。アンティークな椅子で、クラシカルな撮影に使う道具だ。啓介が、志保を見ている。志保は見られていることを意識する。啓介と二人だけだ。志保は、ソワソワする。何事かが起こりそうな気配を感じるが、啓介は平然とカメラの位置を変えたりして、志保とは、目線が合わないようにしていると、志保が感じるのだ。志保には、その覚悟が出来ているといえば出来ている。インナーは真っ白のシュミーズに白のブラとショーツだ。万が一そのことになったときを、志保は、想定していて、その時には初体験、受け入れようと思っていた。
「うん、今日の撮影、終わったよ、ここは狭いから、向かいの喫茶店へいこうか」
啓介は、何もしないで、撮影だけして、道路の向こうにある喫茶店で話をしようというのだ。志保は、素直にしたって、エレベーターで降りて道路の向こうのアンティークな喫茶店へ入った。

-16-
 手を握り合うこともなかった。カメラマンの啓介は、下心がなかたっとはいわないが、急いで失ってしまうより、もう少し見守ろうと思ったのだ。志保の表情がまだ硬かったし、よそよそしかったからだ。志保にしてみれば、求められれば応じようと思っていたが、撮影の現場では、モデルになることに必死で、そんな気持ちは起こらなかった。啓介が誘った喫茶店は、昭和の感じで、木目調のテーブルだ。椅子はアンティークの店で売っているようなクラシックな椅子だ。志保とはテーブルを介して座った啓介が、何を飲むか、と聞いてきた。志保は、コーヒーでよいと答える。
「でも、志保ちんは、ピアノが上手なんだろ、聞きたいな」
「もう、大学に入って、ひとり住まいで、練習していませんから弾けません」
「家にピアノはないの、電子ピアノとか」
「ありません、わたし、もう、いいんです、普通のOLでいいんです」
目線をテーブルに落とした志保の表情が、啓介にはくぐもった感じに思えた。憂いある表情だ。寂し気な表情だ。
「もう、就活、はじめるんだろ、三回生だし」
「あんまり、乗り気じゃなくて、いやなの、そんなの」
小柄で豊かではないバストに見える志保を、啓介は興味深く見つめる。見つめているのを志保が感じて、目をそらす。
「そうなの、いやなのか、じゃ、フリーター、とか」
「そうね、バイトでつないでいこうかな、無理しないで」
カメラマンの助手になってもらうには、まだ収入が確保できていない啓介だ。でも、関係を続けたい。志保を目の前にしながらそう思う。
「そうだよ、カメラマンだけど、仕事がなくって、つい、ブライダルの方へ」
「カメラマンのお仕事って、でも、サラリーマンじゃないからいいんでしょ」
「いやぁ、気持ちは、クリエーターでいたいけど、サラリーマンみたいんものさ」
志保の視線が気になる。チラチラと目線をあげ、啓介を見る志保だ。その目線を感じる啓介だ。
「また、モデル、お願いしてもいいかな、モデル料、払ってもいいんだけど」
「そうね、慣れたらモデル料いただこうかしら、バイトですよね」
「そうだよバイトでもいいんだけど、それなら服なんか、注文つけることになる」
「そうですか、コスチューム、いろいろ、コスプレ、わたし、興味あります、それ」
「そうなの、じゃあ、また、頼むとするかなぁ、志保ちんモデル」
派遣でモデル斡旋する会社に登録している大学の友だちがいて、志保は、斡旋の話を聞いたことがある。モデルなんて軽いもので、その気になれば、女を売って、お金にすることができる、ということも知識として知っている大学三回生の志保だ。
「じゃあ、また、LINEで連絡する、ばいばい」
地下鉄の改札まで送ってきて、改札の向こうへ行ってしまった志保の後姿を見る啓介だ。半日もない時間だったが、かなり親密になれたと思う。改札の向こうに消えてしまった志保を確認して、恋したかもなぁ、と啓介は、ひとりつぶやいた。




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最新更新日 2018.11.20


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