桜花の頃-2-

 9〜16 2022.3.14〜2022.3.23

 

-9-
大村良一は、大手銀行を退職して、失業手当が受給できるようになって、少しはお金に余裕ができました。とはいっても計画的に使わないと、いずれ苦しくなると思っています。先日、大学の先輩にあたる佐倉友子と久しぶりに会って、一緒に食事して、少し大人の喫茶へはいった、そのことを思い起こします。
<美しい人ってゆうのは、佐倉お姉さんみたいな人のことを、ゆうんやなぁ>
大手の銀行員になって、三年目になって、営業成績が振るわなくなって、思い悩んでしまって、気持ち的に鬱になってしまって、結果として退職を願い出て、そこから脱出してきたのです。悪夢のような日々から開放されて、少しは気分が楽になって、学生時代にアルバイトしていた飲食店、中華店の店長を頼って、再びアルバイトさせてもらうことになったのです。
<いい匂いしてたなぁ、佐倉お姉さん、柔らかいからだしてたなぁ>
抱きあったとはいっても、洋服を着たまま、ボックス席で窮屈に抱きあいました。友子の喘ぐ声が耳鳴りのように聞こえます。洋服の上からだけど、胸をさわったり、太腿をさわったりしたのが、生々しく思えます。ズボンのファスナーをおろして、下穿きの間から男のモノを突き出して、握られたことが忘れられません。思い起こすと、からだのなかが疼いてきます。良一は、アルバイトから自室に戻り、自慰してしまいます。この先、どうなるのか、なんてことは思いません。そのつもりになれば、中華店の経営にも携われる店員にもなれる、と思うのです。佐倉友子が、自分のことを好いてくれている、と思えます。きわどいところまで、からだの関係が進みそうな気配で、終えてしまったのが残念です。あれから、もう一週間以上も経ってしまって、友子からは何の連絡もないので、戸惑っている良一です。思い切ってLINEして、会ってもらおうかな、と思いなやむ大村良一です。
『先輩、どないしてられますか、また、会いたいのですが、あした、いかがですか』
『大村くん、ありがとう、あした、そうね、だいじょうぶよ、休みだから』
『ぼくも休みだから、午後1時、四条小橋、待合でいいですか』
『了解、おひる、一緒に食べよ、奢ってあげるわよ』
友子から、思ったより早く返信がきて、明日、午後、会うことになりました。

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四条小橋に流れている川は、高瀬川です。高瀬川は、京都二条から伏見の港まで人工的に作られた運輸のための川です。良一が、京都へ来たのは大学に入るためで、かれこれ7年が過ぎます。大学生で四年間、銀行員となって三年ですが、辞めるまでの三年は大阪寝屋川にあった銀行の宿舎でした。銀行を辞めて、宿舎を出て、京都へ戻ってきて、まだ間がありません。四条小橋のうえから高瀬川を覗くと、さらさらと水が流れています。友子とは午後1時の待ち合わせ、良一は少し早めに来ています。春の陽気が川面に流れている気がして、友子と会うからの気持ちです。この前のことがあります。アダム&イブ、個室的な座席の喫茶店にはいって、抱きあったこと、思った以上に大胆だった友子に、良一は、ドキドキの気持ち、友子を待ちます。
<ああっ、来た、来た、お姉さん>
大橋を渡り終えたところで、友子を見つけた良一は、白っぽいワンピース姿に目をみはります。素敵な女子、小柄で。可愛くて、清楚な感じです。
「待たせちゃった?、大村くん、どこ行こ」
「どこでもいい、お姉さん、何食べたい?」
「それなら、そこの甘党のお店で、ランチセットでいいわ」
友子がいうのは、軽食の部、サンドイッチに珈琲とか。それでも老舗だから、それなりの値段です。友子は、子供の頃から、母親に連れられてというより祖母に連れられて、その甘党喫茶店へ来たのです。
「おいしいのよ、ここのサンドイッチ、大村くん、知らないでしょ」
「知らないなぁ、で、そこでいいですよ、サンドイッチで」
四条小橋をあがったところの狭い路地のなかに、その甘党喫茶店があります。なかにはいると、予想外に女子客が多い店です。カツサンドが有名で、友子はそれを二人分頼んで、飲み物は珈琲にしました。テーブルを介して向かい合って座って、良一はちょっと気まずい感じで、もぞもぞです。友子のほうが、良一に、いろいろと問うてきます。銀行辞めてこの先どうするつもりなの、とか、とか。良一としては、この先、飲食の店でバイトしているけれど、それを本業にするつもりはありません。といって、何をする、という明確なこの先があるわけでもありません。
「ああ、美味しいわ、カツサンド、上等やわ、カツサンド」
良一が、テーブルに置かれた皿から手で掴み上げ、食べて、美味しいといいます。本当に美味しいのです。良一の精神状態は、うつ状態のままです。友子は、良一に覇気がないのが心配で、どうしてあげればいいのか、好きな気持ちがあるからこそ心配なのです。男ってねぇ、からだで癒してやればいいのよ、いちころよ、裕子の言葉を思い出す友子です。男ってさ、セックスやりたがってるんだから、応えてやればかわいいものよ、そうかなぁ、友子にはまだ未知の領域です。お昼にカツサンドと珈琲を食べて飲んで、それから祇園さんのほうへと歩いていきます。桜が満開、お花見のひとひとで円山公園、混みあっております。

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円山公園の枝垂れ桜が八分咲き、きらびやかな花のまわりには、見物のひとひとで混みあっています。友子は、良一に、枝垂れ桜を背景に写真を撮ってもらいます。柵の前に立ち、指をピースのするのをためらいます。ショルダーバックを肩から掛けたまま、手を下ろしたポーズです。友子が、良一を、撮ってあげます。良一のスマホに友子の写真、友子のスマホに良一の写真がストックされたのです。
「ねえ、大村くん、歩いてラブラブしようよ、ねぇ、いいでしょ」
友子の方が積極的に、明るさを装います。良一の方は、友子に促されるままに、手をつないでもらって、歩きます。ぶらぶら散歩、桜見物、五重塔の前まできて、坂道を下りて、東山の通りから安井の金毘羅さんの境内へはいります。縁切り縁結びのおまじない、くぐるのは友子。縁切りといっても切る相手がいないのに友子が這いつくばって穴をくぐります。向こうへ行ってくぐり戻って、儀式は終わりです。午後4時前です。友子は、良一をたいして、愛の狩人になりたいなぁ、と内心、思っています。良一は、友子の心はわからないけれど、ホテルへ連れ込んで抱きあいたい、男の欲望を遂げたい、との思いです。
「どうする、お姉さん、このあと」
「どうするって、どうするのよ、わたし、大村くんに任せるわ」
儀式を終えて、金毘羅さんの境内を抜けていくと、ラブホテルがあるのを、良一は知っています。数年前に彼女だった子と利用したことがあります。友子が、どういう反応をするのかわからないけれど、この前には同伴喫茶のボックスで、きわどい抱きあいまで進んだから、ワンステップアップでラブホテル。友子は、任せるわ、といって良一の腕に右の腕をまわして抱いてしまうのです。良一の心は、気持ちは、ムラムラです。女の佐倉友子を抱きたい願望に駆られていた良一でした。友子と良一は、無言で、肩を並べて、サンホテルのドアを押して入ります。友子は、実は、処女、良一に、どう告げるか
「はじめてなのよ、わたし、こんなとこくるの、初めてなの」
友子の声は小さく、恥ずかし気に、年下の良一に、耳打ちするのです。
「お姉さん、好きだよ、ぼく、お姉さんのこと」
もうラブホテルへ入ってしまったのです。良一は、とっさに、思いつめる語調で、友子に、好きだ、と返します。ルームの鍵をもらって、ルームの前まできて、ドアを開け、内側からロックして、良一が友子を立ったまま抱いてしまいます。照れ隠しといえばいいのか、暗黙の合意に基づく男と女の時間、友子は、気持ち動転、されるがままにしようと思うのです。

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佐倉友子は28歳、佐倉財閥の家系でひとり娘です。何不自由なく育てられ、高校大学と進んできて、その間は好きな音楽にも親しみながら、美術史を主に学んできたところです。画廊運営の見習いかねて、小高画廊で週に三日のアルバイトをしています。そこに大学の後輩大村良一が銀行員を辞めて、友子のまえに現れてきたのでした。年下とはいえ、好意を抱いた男子でした。再会して、友子のこころに恋がよみがえってきたのです。抱きあいたいと思っていて、いま、友子は、ラブホテルにまで来ているのです。
「いいのよ、わたし、だから、やさしく、してね、おねがいよ」
「はい、いいよ、やさしくしてあげますから・・・・」
良一に抱かれる友子は、自らワンピースを脱ぎます。インナーは絹のキャミソール、ブラ付きです。それにショーツです。キャミソール姿になった友子は、良一にはブリーフだけの姿になってもらって、そっと抱いてもらって、友子からはブリーフだけの良一を、きつく抱きます。良一がキッスをしかけてきて、友子は、目をつむって、受け入れます。
「ううっ、ふうう、ううっ」
濃厚なキッスを求める友子。舌を絡ませてもらって、良一の味を受けいれます。じ〜〜んとからだのなかが痺れる感じです。良一が、キャミソールの裾から手を入れてきて、乳房を弄ってきます。良一の手が、肌よりも冷たくて、友子は、感じます、良一の手の感触です。
「はぁあ、ああっ」
腰からショーツの中に手を入れてくる良一に、友子は逆らいません。立ったまま、抱きあって、乳房をまさぐられながら、股間をまさぐられるのです。
「ああっ、いいわ、大村くん、ああっ、だめよ、だめ」
良一の腰をさわると、ぷっくら、男のモノがわかります。友子が、自分でショーツを脱いでしまって、良一にブリーフを脱いでもらって、全裸になります。友子は、良一に誘われるというより、良一を誘って、ふかふかダブルベッドへ、倒れ込み、裸と裸、抱きあいまさぐりあうのです。
「お姉さん、お姉さん、ぼく、ぼく」
「ああ、大村くん、いいのよ、わたし、はぁああ」
友子は仰向き、足をひろげ、膝を立てます。良一が覆いかぶさってきて、男のモノを、股にもってこられて、まさぐられます。
「ああっ、ああっ、ああっ」
良一のしたで、友子は声を小さくあげてしまいます。苦痛というより苦しくない痛みを感じるけれど、痛いとはいいません。ぐっとこらえて、処女とさようなら。良一は、友子をうまく誘導して、用意してあったスキンをつかい、射精を済ませたのでした。

-13-
大村良一は、大学を出て3年間、大手の銀行員として新規顧客の開拓にあたる部署で仕事をしました。仕事をするということは、経営するためのお金をまわすことで、収入のための契約ノルマが与えられ、そのノルマを達成するということが価値の基本です。がんばってノルマを達成しようとしたのですが、入行して三年目にもなると、自分の気持ちと仕事への意欲とが矛盾してきて、気持ちが乗らなくなってきて、上司からのアドバイスもあって心療内科のある診療所でカウンセリングしてもらったのです。そのことが直接の原因で、退職することになって、休養していたところでした。飲食店でのアルバイトは、ホール係ではなくて、厨房での下回りの作業です。対人関係がないから手元の作業を効率よくこなすだけです。
<お姉さんとやっちゃったよ、また、やらしてくれるかなぁ>
<お姉さん、初めてやったんや、初心なんや、子供みたいやったよなぁ>
<男と女の関係って、一緒になって子孫を残していくんだっていうけれど>
<そういうことなんやと思うけど、欲望と現実生活とは、マッチしないよなぁ>
良一はひとり、スタバのテーブルで、時間を潰します。読書しようと思って、手ごろな文庫本を買い求めたのを読みます。柔らかい内容のフィクションで、読み漁るという感じで、読みます。読書に集中しようと思う気持ちと、ついつい友子との出来事を思い起こす気持ちが交錯しながら、女の友子のことを自分のイメージに合わせていくのです。
<優しいお姉さん、余裕やなぁ、おっとり、ではなくて、優雅なお姉さん>
サンホテルで見た友子の裸体を思い出す良一。柔らかい肌、白いからだ、濡れるまで、ぎこちなかった友子に、それまで以上の親密感を抱いてしまう良一です。またね、と言ってお別れしたけれど、次に会う日にちの約束をしなかったから、良一は、会えないかも知れない、とも思えています。スタバを出て、丸善のフロアに降りてきて、書籍棚の前に立ちます。買うつもりはありません。専門書の前には行きません。雑誌のコーナーへ来て、ジャンルは旅です。旅を誘導する雑誌、旅先の宿とか見どころとか食べ物などのムック本、良一は立ち尽くします。サラリーマンできないなぁ、自営業、それもできないなぁ。ぶつぶつ独り言といっても心の中でつぶやくだけです。

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小高画廊は麩屋町の三条を下がったところにある旧家を改造した一階にあります。日本画の尾上祥子展を開催していて、今日は作家が在廊しています。尾上祥子は美術大学を卒業して20年余り、美大の先生が所属していらっしゃる画壇、藤青会に所属させてもらっています。修復の仕事などを手がけながら、自分の作品を描いてきた女性です。もう四十路にはいって、ようやく個展を開催するところまできたのです。
「尾上さま、高浜産業の高浜さまが、お気にいられて作品を、お買い求め頂きましたのよ」
「ええ、ありがとう佐倉さん、お名前、存じ上げています、助かったわ、わたし」
「尾上さまの桜の絵、清楚なのにきらびやか、との評ですよね」
「ええ、そのように観ていただけて、嬉しいです」
尾上祥子は、30の終わりに、画壇で新人賞を得ていて、新鋭作家としてデビューしています。鋭い観察眼で、ぼかしながらも鮮明な画風が斬新だとの評です。
「高浜さまが、来られるそうですよ、尾上さまがいらっしゃるというので」
「そうですか、ご挨拶しておかなくちゃ、ね、今後のためにも、ね」
道路に面した一面はガラスが嵌められていて、画廊のなかが透けてみえます。幅二間半の間口ですが、京都の町屋で奥が深い建物です。旧家といってもよく築百五十年とかの建造物です。オーナーの小高が家屋を所有していて、佐倉財閥に家屋ごと売却するというので、その時には友子が画廊を運営するということになるのです。その話も近いうちに決まる予定で、藤青会会員会友作家さんの作品が扱える画廊として継承される予定です。高浜産業の会長、高浜さんが運転手つきの自家用車で画廊の前まで送られてきて、画廊に入られます。尾上祥子が緊張の面持ちで高浜老人を迎えます。友子は、画廊脇でお茶をいれて接待です。
「尾上さんか、高浜ともうします、素晴らしい絵だ、桜の季節に桜だね」
白髪の高浜はすでに古希を迎えられていて、実業は息子が社長を務めていて、会長職で悠々生活のなかです。
「高浜会長さまに、買っていただけて、わたくし、光栄です」
「そうだね、会社の応接とか、飾る所はまだあるから、また買ってあげるよ」
高浜老人は、尾上祥子の顔から足先までを眺め見入って、よろこばせています。画廊としても、作家としても、作品をお買い上げいただくことで、うまくまわるというものです。

-15-
友子にとってなにより気になるのは、良一のことです。先日、ラブホテルへ入って、二人だけの時間になって、関係してしまったことで、より親密な気持ちになってしまった友子です。
<どうしてるんやろなぁ、なにしてるんやろなぁ>
連絡はすぐにでも取れるようになっています。LINEでやり取りすればすぐに話をすることができます。とはいえ、気持ちが乗るのに反して、行動が伴わないのです。
<なにしてるんやろなぁ>
友子が思うところ、学生の頃からあまり明るい性質の男子ではなかったけれど、社会に出て、へこんでしまって、仕事ができなくなって、銀行員を辞めてしまった良一。年下の男子、一人っ子で育った友子には、良一のすべてに共感してしまいます。
<いいわよ、わたしが働いて、食べさせてあげるわよ、大村くん>
それは無理なはなしです。友子は佐倉財閥の一人娘で、婿養子を迎えて家を維持する立場があります。大村良一を養子に迎えたらいいような話ですが、親類縁者がそれを許すとは思えません。そこまでいかなくても、友子は、いま、良一のことが気にかかって仕方ないのです。恋してる、恋心であたまのなかいっぱいです。
『いま、なにしてるの、また、大村くんとお話しがしたいんです、いつ会える?』
友子は、思い余って良一にLINEしてしまいます。良一からは、すぐに既読にはなりましたけど、返信がきません。友子は、いま、小高画廊にいます。オーナーの小高が画廊にいます。
「この家の全部を、友子さんが思うように、改造されたらいいんですよ」
「そうですよね、改造したら、いいんですよね」
家屋全部を買い取って、佐倉名義にする予定だから、いっそのこと、事業拡張して、若い美術家たちが集まれる館にしようかと、思うのです。友子の父が新しくオーナーになるわけで、事業内容については、友子に任せると言っています。いま学習塾で経理の仕事をしている学生の頃からの友だち、島田裕子には画廊の運営を助けてもらう話しをしていますが、大村良一にも、銀行員だったという経験で、運営に参加してもらおうかとも思う友子の打算です。
『あさってなら会えます、時間は朝から空いています、お姉さんのつごうに、あわせます』
『あさってね、画廊あるから、午後六時半、三条大橋のスタバで、待ちます』
友子は、良一と会えることに安堵します。

-16-
三条大橋たもとのスタバにはいっていくと、良一がすでに来ていて、友子を待っていました。
「待たせてしまった?」
「そんなに、待ってないけど、ヒマやから」
大きな窓から三条大橋が見えるテーブルに座っていた良一の横に座った友子です。飲み物はジュースにしたけれど、良一はコーヒーを紙のコップで飲んでいます。食事を、と思っている友子。食事をしてからスタバへ来たらいいのに、先に喫茶へきているんです。なんとなく目線があわせられない友子です。良一は、あまりしゃべってくれなくて、友子が話をリードするといっても、話題が見つからない。友子からは小高画廊の話を持ち出します。
「画廊部を二階にあげて、一階はショップにしたいのよ、わたし」
「そうなの、まるごと買い取って、ショップと画廊なのか、いいなぁ」
「ええ、改装したり、日本画だけとちがって、もっと現代を扱いたいと思っているのよ」
「いいなぁ、お姉さん、美術に詳しいし、流行ったらいいね」
「大村くんにも、手伝ってほしいなぁ、と思っているのよ」
「美術のこと、あんまりわからないなぁ、でもお姉さんには協力するよ」
良一の表情が明るくなってきて、友子は嬉しい気持ちになってきて、食事は三条新京極のリプトンでとることにします。ハンバーグとエビフライのランチです。それから、食事が終わった後、友子は、好きな良一をゲットしたから、アダム&イブへ行ってもいいよ、と言います。良一は、ラブホテルへ行こうかなぁ、と内心思っていたけれど、友子のほうから行先を言ったので、従います。抱きあいたい気持ちは、友子にも良一にも、熟しているから、まずは同伴喫茶店へいきます。高瀬川に沿った川辺の桜が満開です。ライトアップはお店からの光で十分の桜が映えます。前に来たことがあるから、躊躇の気持ちはありません。ドアを押すとジャスの音楽が聴こえてきます。ボーイにボックス席へ案内してもらって、友子が奥、良一が手前、友子の左で良一が右で二人掛け椅子に座ります。ジャスの音色、ミラーボールが光をまわしています。ボックスのなかは、薄暗いです。さっそく友子のほうが、良一にもたれかかってしまいます。良一は、もう、雰囲気にゾクゾクを感じていて、生唾がでてきてごくんとのみます。
「うん、お姉さん、また、来て、しまったね」
「うん、大村くん、来ちゃったね、わたし、いいわよ」
声がジャスのボリュームにかき消されそうです。注文の飲み物が運ばれてきて、テーブルに置かれて、ボーイは立ち去るときに二人へ目線を送ってきたのを、良一が感知します。友子は、もう、からだのなかが濡れだしてきています。良一が友子の背中へ左の腕を入れてきて、抱きよせます。ああっ、友子は声にならない声を息とともに洩らします。






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最新更新日 2022.3.23


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