桜花の頃-1-

 1〜8 2022.3.6〜2022.3.13

 

-1-
京都御苑の近衛家の屋敷があった跡地に、桜花が咲き乱れます。佐倉友子は、毎年、桜花が咲き乱れる頃になると、心浮き浮きそわそわ気分になってきて、お花見をします。大村良一と連れだってのお花見です。誘ったのは友子です。
「すごいね、優雅というか、煌びやかというか、枝垂れ桜、すごいなぁ」
「そうでしょ、わたし、観るの好き、心が浮き浮きしてくるのよ」
友子は佐倉家のひとり娘、大学の文学部を出て、画廊で週三日のアルバイト、ただいま28歳です。良一は、友子と同じ大学の経済学部を出て大手銀行に勤めましたが3年で辞め、ただいま飲食の店でアルバイト。良一は、大学の交響楽団でバイオリンを弾いていた友子の後輩。トランペット吹き、ただいま25歳です。
「銀行、やめたんですって」
「まあ、ね、きつかったから、やり直しやわ」
友子は、Twitterで良一の近況を知って、メッセージを書きこみ連絡し、会うことになったのです。桜の季節、花だよりをたよって、京都御苑へ観にいったのです。
「そいで、いま、なにしてるん?」
「バイトしたらあかんのやけど、内緒で、失業保険、ちょこっともらってる」
「そうなの、食事しましょ、ちょっと贅沢かなぁ、菊水のランチ、良一、それでいい?」
「まあ、お姉さまがそうおっしゃるなら、洋食、エビフライのやつ、それでいい」
京都御苑に近い烏丸今出川から地下鉄で四条へ出て、そこから四条大橋まで歩きます。四条通りは行き交う人で混みあいます。二人は手をつなぐこともなく、鴨川を渡ったところにある菊水へ向かったのです。
「ねえ、元銀行員さま、わたしを勧誘してみない、私有財産、預けます」
「お、お、お姉さま、佐倉財閥の資産を、預金に移しますか、ですね」
「といっても、大村くん、もう辞めちゃったのよね」
「そうなんだよなぁ、ちょっとウツになってしまったのよ、ぼく」
「父が、ね、リスクが少ない銀行預金に、少しまわそうか、と言っていたのよ」
「それはありがたいです、でも、隠し財産、だよね、紹介するわ、後輩に、ノルマあるから」
佐倉友子と大村良一、学生の頃、友子の方が惚れていたようです。良一は友子を女として見ていました、当然です。そういうことでいえば友子も、良一を男として見ていました。でも、学生時代には、二人だけになったことはありません。当然のこと、手を握りあったこともない二人です。レストラン菊水のランチ、ハンバーグにエビフライ、お皿にごはん、まだ早い時間だけれど、夜の食事です。

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菊水で食事を終えても、まだ外はうっすらと明るい時間です。久しぶりに会った友子と良一です。後の予定があるわけでもないので、四条小橋を下がったところの古い喫茶店へ入ります。友子は紅茶、良一は珈琲、対面でふたりずつ四人席です。モーツアルトのピアノ曲、友子も良一も聞き覚えのある曲です。
「いまさら、だけど、もう、勤め人、やりたくないんだよなぁ」
3年間の銀行員生活で、良一の身になにがあったのか、友子が知る由もありませんが、こころが優しい良一には、昨今のノルマ主義の世界では、心を病んでしまったと思っているんです。
「勤め人、嫌だといっても、どうするんよ、大村くん」
「まあ、親の財産あるわけでもないし、一生働かないと、あかんわなぁ」
「でも、いまどき、バイトでつないで、生きても、変じゃないよ」
「お姉さんは、画廊でバイト、経験積んで画廊でもやるの?」
「そこまでは思ってないけど、そうしたいかも、なのよ、ね」
「いいなぁ、おれんとこなんて、田舎で、零細農家やから、あてにでけへんし」
「わたしね、養子取りなんよ、親は、そう思ってる」
「そうなの、お姉さん、そういうことなの」
「そうなのよ、大村くん、養子で来る?」
友子は、まんざら冗談でもないよ、といいたげな口調で、会話をつなぎます。内心、驚いたのは良一です。まさか、友子からそういう話しが出るということへの驚きです。
「お姉さん、そんなこと、ありうるのかなぁ、そんな時代じゃないよ、いま」
良一は、佐倉財閥と言われている友子の家。友子がひとり娘であるということで、養子を迎えて後継ぎにする、ありうる話だけど、大村良一は貧農の息子、田舎では田んぼとはたけをもっているが、もとは小作農家でした。
「ありうるかも、しれないわよ、大村くん、その気になったら、あるわよ」
友子は、学生の頃に知った良一が好きでした。再会して、半日つきあって、以前とかわらない親しみと、好感を得たのです。良一は、久しぶりに会った友子に、美しさを感じて、めまいを感じたところでしたから、気持ち、嬉しくなってしまいます。

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菊水で食事して、ふたたび喫茶店へいく友子と良一。喫茶店といっても洋酒を飲ませてくれるラブ喫茶です。木屋町を高瀬川沿いにあがって、河原町に抜ける道の一角に、アダム&イブとの小さなプレートが張られた店です。店内は一間ほどの通路になって、両側にボックス席が六つずつある同伴喫茶です。
「はじめてなのよ、わたし、噂のアダム&イブ、音楽はモダンジャズ」
友子は、友だちの裕子から、恋人と行く喫茶店だと聞かされていました。友子には恋人らしい恋人はいなかったから、ちょっと濃厚に語らいあう処へは、来ることがありませんでした。店内にはいると、ボーイがボックスのひとつ、奥のほうへと案内してくれました。良一は、少し戸惑ったようです。もちろん友子にとっても初めてだから、まわりから見えないようになったボックス席には戸惑いです。
「ああ、トランペットだ、懐かしいなぁ」
「そういえば大村くん、トランペットやったね」
「お姉さんは、バイオリン、それにピアノも弾けてた、憧れやったなぁ」
「そうね、大村くん、18才やった?、19才やった?」
「お姉さんは、四回生で、すごい、美人の大人に、見えた」
あまり明るくはない店内に、ジャズの音量は少し高め、でも会話ができないほどではありません。ボックス席へ案内される途中にちらっと垣間見たボックス席では、男女のペアが抱きあっている男の背中が見えて、友子はドキッとしました。良一は、学生時代には、もっと深部の処へも行っていたから、おどろきはしません。
「ねえ、ねえ、大村くん、わたし、ね、わたし」
「どうしたの、お姉さん、なんだか、へんだよ」
ジャズの音にまみれて、友子の声がふるえている感じを受ける良一。言葉をかえすけれど、良一もただ事ではない気持ちです。奥行きは1mほどの二人掛けの布張り椅子、その前には奥行き50pほどの木目調のテーブル、狭い、座ると太腿が半分以上テーブルの下になります。
「ああ、わたし、どうかしてる、めまいしてくる、どないしょ」
友子は、薄暗くて生暖かいボックスのなかで、年下の良一と並んで座っています。前向いていて、目線は合わせませんが、横幅が狭いから、お尻とお尻が触れるほどです。注文したオレンジジュースが運ばれてきて、テーブルに置かれて、ボーイがちらっと二人を見て、無言で立ち去っていきます。立ち去ったあと、良一が、カーテンを閉じます。外からはほぼ見えないボックスになります。

-4-
友子は顔が火照ってくるのを意識します。こんなところ来るの初めて、喫茶店とはいっても愛を語らうことができる喫茶店。アダム&イブという名の喫茶店。表向きはジャズ喫茶、モダンジャズを聴かせる喫茶店。ボックス席の部屋とは別に、オープンスペースにテーブルと椅子が並べられた部屋もあるのです。入店したときに、ボーイに気を利かされて、同伴席のほうへ誘導されたのです。
「ねえ、お姉さん、いえいえ佐倉さま、手、握って、ええんかなぁ」
二人が横に並ぶと、余分な隙間がありません。友子が左、良一が右。良一が左手を、友子が太腿にのせた手のうえにのせます。友子は、手の甲に手をのせられて、退けません。良一は、左手を退け、左手の腕を、友子の肩にまわしたのです。そうしてから右手を友子の太腿に置いたのです。
「あ、あ、っ、大村くぅん」
かすかな声だから音楽にかき消されてしまいます。友子は、からだの力を抜いて、良一のほうへからだを捩じります。右手と左手をかさね、良一の太腿の根元へ置いたのです。スカートの上に置かれた良一の手、ズボンの上に置かれた友子の手、良一もからだを捩って、友子を抱き寄せます。ほぼ密着、顔と顔、友子が目をつむります。良一は、戸惑いながら、唇を友子の唇にかさねたのです。接吻、キッス、友子はなされるがまま、良一のうごきにあわせます。唇をかさねられて数秒で、唇が離され、友子は良一に抱かれてしまったのです。
「ああ、だめよ、大村くん、だめよ、おおむらくぅん・・・・」
友子は、予期していなかったことではなく、かすかに、こういうことも起こるといいなぁ、との期待が心のなかにありました。
「うん?、お姉さん、あったかい手、やわらかい手・・・・」
大学の交響楽団に大村良一が入団してきたとき、友子は四回生、就職活動をするかしないか迷っていたところでした。良一は、高校時代に吹奏楽部で、トランペットを吹いていたというので、交響楽団でのパートは、トランペットです。バイオリンパートの友子には、一緒に練習するということもありません。でも可愛い男子に見えた良一に、なにかと面倒をみてやるのでした。友子は卒業してからも団友として、練習に参加させてもらって二年間、なにかと良一とは会話を交わす機会がありました。それからは、少し疎遠になったところでしたが、友子がSNSで見つけられ、友だちになって、イイネするようになって、良一が銀行を辞めたとの書き込みがあって、やりとりの後、会うことになって、この日の花見になったというところです。

-5-
友子にとって、良一は恋心をもった年下の男子でした。久々に再会して、恋心が思い出されて、男として見ています。男と女が濃厚になるところまできて、拒否する気持ちはありません。それにしても、モダンジャズが鳴り、電気スタンドはテーブルの部分を照らすだけです。薄暗いボックス席は、男と女の愛の巣になるように仕掛けられているんです。
「いい気持ちよ、ああ、いい気持ち・・・・」
良一の胸に頭を置く友子が、息を吐きながら、かすれた声を洩らします。良一と、もう会話といっても、難しい話しはなく、わけのわからない、単純な言葉の綾をつむいでいくだけです。友子は、良一の胸に頭を、頬をあて、左右の手は良一の太腿のうえです。良一は、左腕を友子の背中から肩にあてて抱き寄せて、右の手は、友子が置いた手の上に重ねます。そうしてその手は、友子のスカートのうえ、太腿のうえに置くのです。
「はぁあ、はぁあ、ああん・・・・」
「お姉さん、佐倉ねえさん、いい匂いです、いい匂い・・・・」
頭の髪の毛のうえに良一の顔です。女の柔らかい髪の毛が鼻を撫ぜてきます。友子は、友だちの裕子から聴いたおのろけを思い出します。ここで、こういうことになったら、男のモノを握ってあげる、うんお口にほおばってあげても、男って単純だから、よろこぶわよ。良一のズボンのファスナーを下ろしてあげて、なかへ手を入れてしまいます。
「ああ、お姉さま、ああ、佐倉お姉さま、うう、ああっ」
手を入れられた良一は、むっくり盛り上がったブリーフごと握られたので、ちょっと予想外です。おしとやかな女性だと思っているお方から、狭い、薄暗い、シートとテーブル、それにモダンジャスが鳴る場所で、良一のほうが行為に及ばせられないのに、友子のほうから仕掛けられてきたのです。こういうときには、男は女を、触ってあげると、いっそうじゃれてくる、良一の頭のなかが、友子の肌を触ってあげることを決心します。
「ねえ、大村くん、いい?、いいんでしょ?、はぁああ・・・・」
ブリーフの前切り目から、友子が手を入れてきて、男のモノを直接に握ってしまったのです。良一は、なされるがまま、そのかわり、友子が着けてるセーターの裾から、手を入れて、ブラジャーを上部へ押し上げ、乳房を剥き出し、触ってしまうのです。セーターを着たまま、スカートも穿いたまま、友子は、良一の手で肌を触られていくのです。
「お姉さん、ぼく、もう、いい、いい気持ちに、してあげたい」
「ふぅうう、ううん、わたしも、大村くん、いい気持ちに、してあげたい」
友子は、全くの初めてです。28歳にもなって男経験がないといえば、笑われそうで、そういう話しには乗らないし、友だちとの会話にも、そういう話しはしません。女性週刊誌の特集などで、知識は得ますが、実践は初めてなのです。

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<小高画廊>
友子はひとり暮らしをしています。ひとり暮らしとはいっても、自分の収入で生活を賄っているのではなくて、住居費である家賃も、生活費の一部も、親からの仕送りです。週に三日、画廊でアルバイトをしていますが、それだけでは生活費の半分ほどしか稼げません。大学で美学を学んできて、画廊でアルバイトしているのは、経験をつんで画廊運営をやりたいとの希望があるからです。友子の父親の友人が画廊のオーナーで、後継ぎがいないから、権利を佐倉友子に譲ってもいいとの流れで、アルバイトをしているわけです。画廊が扱う絵画は、日本画の現代作家の作品です。
「はい、小高画廊の佐倉と申します、お待ちしております、よろしくお願いいたします」
電話がかかってきて、お得意先の高浜という老人が、画廊へ来るとの連絡です。友子は、高浜老人とは、オーナーの小高から紹介されています。高浜産業という名の商社の会長だから、つまりお金持ちだから、作品をコレクションしていただけるから、大事にしなさい、というのです。タクシーが小高画廊の前に停まって、高浜老人がひとり、画廊のガラス扉の前に立たれたので、友子が内側から扉を引いて導き入れます。
「いらっしゃいませ、高浜先生、いつもありがとうございます」
画廊の真ん中にテーブルがあり、布張りの長椅子が二脚、そのひとつに高浜老人が座られ、対面に友子が座って、応対します。そのまえに、お茶をいれます。錦の専門店で買うほうじ茶です。高浜老人は、上品なツイード地のブレザーを着ていらっしゃいます。作品を買い求めに来られたのです。新進作家、尾上祥子の作品、値段としては50万から100万円くらいです。
「佐倉さん、きょうは、さくら色、さくらさんにさくらだ、淡い色」
「高浜先生は柔らかな色のブレザー、それこそ春、桜の色ですわ」
「そうかね、尾上祥子という作家の作品が、お買い得とか聞いたのだよ」
「ええ、こんご値上がりする、とも噂されています」
高浜老人は、ほうじ茶の茶碗を手にしたまま、話しかけてくるので、友子が応対します。尾上祥子の作品をお買いになられるらしい。
「この画廊は、あなたがお買取りになる、というのは本当かね」
どうして高浜産業の会長が、小高画廊を友子が買い取るということを知っているのか、友子は、どう答えたらいいのか、戸惑います。
「ええ、まあ、そうなるかも、です」
「佐倉さんは、美術に詳しいし、バックは佐倉財閥だし、なにより美人だし、ねぇ」
高浜老人は、にやっと笑い顔で、友子の顔を見てきます。友子は、内心、むしろ嬉しい、バックアップしてもらえるかもしれない、との心です。

-7-
このまえ、大学の後輩になる大村良一と会った友子は、恋心もあって、ちょっと行き過ぎたのかも、と思っています。そのあとの日々、良一の顔が思い浮かんで、アダム&イブのボックス席でのことを思い出します。もうあれから一週間が過ぎて、あの日、強くは次に会う約束はしなかったから、どうしたものかと戸惑っている友子です。
<大村くん、連絡くれたらいいのに、わたしの可愛い子、銀行、辞めたのね>
友子の住まいは、銀閣寺に近い、ワンルーム、マンションの一室です。学生のときから住まっているマンションで、ちょっと高台になるルームの窓からは、近くに桜が咲いている風景、その向こうに京都の市街が見えます。
<どないしてるんやろなぁ、大村くん、握っちゃた、あったかくてかたかった・・・・>
朝の飲み物はダージリンティー、ミルクと混ぜてミルクティー、朝の紅茶です。焼いた食パンに蜂蜜をたっぷり、甘いのが好きな友子です。
<画廊にいらした高浜さま、作品買ってくれたから、今月のノルマ達成よ>
良一の顔が浮かんで、高浜老人の顔が浮かびます。画廊の権利買取りは、オーナーの小高と友子の父との間で、すすめられている案件です。佐倉と小高は、ライオンズクラブのメンバーで交流があり、高浜産業の会長高浜老人もメンバーです。友子は、経済的には恵まれた環境で、スタイルも顔立ちもうるわしき女子、だから男たちの癒しの場が小高画廊といえばいいのかも知れません。
<裕子、どないしてるんやろ、忙しいんかなぁ>
東に向いた窓から、朝の光が這入ってきます。ワンルームと言っても八畳の広さ、それにキッチンスペース、バストイレスペースが別だから、それなりにリッチなマンションなのです。画廊勤務はオフの日です。裕子は学習塾の経理をしています。学生時代からの友だちです。LINEすると、午後3時以降なら会える、という返信なので、三条大橋のスタバで会うことにしました。
「いい気候ね、桜が、咲き始めて、心が躍る、友子、そうじゃない?」
窓の向こうは鴨川、三条大橋、その向こうに市街が見えます。
「心浮き浮き、でも、なんかしら、元気でないのよ、ねぇ」
「男がいないからかしら、友子の元気がでない、原因ってゆうのは」
「裕子は、元気なの?、男、いるんでしょ、何人いるん」
「ばっかねぇ、ひとりだけよ、でも、あまり思いつめない、適当よ」
祐子は、学生の時から、あんがいアバウトな性質で、くよくよしない性質で、美貌だし、男からの人気も抜群でした。ふたりが会うと、どうして男の話になるのか、友子と裕子です。

-8-
祐子は、大学をでたあと証券会社のOLになりました。25になるまで勤めて、退社して、一年ほどぶらぶらして、貯金を食いつぶし、学習塾の経理を担当する契約社員として仕事をしています。
「そうなの、彼って、けっこう、強いんだよね、ほんと」
友子をまえにして、いまつきあっている男のはなしをする裕子。裕子の経歴、能登の出身で、京都の大学へ来てから、かれこれ10年。学資ローンを利用しながら卒業し、大阪は淀屋橋に支店がある証券会社に勤めて3年、体調を崩して休養し、いまの経理の仕事をしだして2年でs。
「だってねぇ、友子、疼くじゃない、そうじゃない?、だから、さあ」
「うらやましい、わたし、そんなの、ないから、裕子が羨ましい」
「若い身体だから、楽しんであげなくちゃ、申し訳ないでしょ」
「わたし、このまえ、大村くんと会ったのよ」
「はいはい、あの気が弱そうなイケメン、後輩の大村良一、ね」
「彼、銀行、辞めたんですって、裕子とおんなじパターンよね」
「キャリアで入ると、きついんだよね、ノルマとか、ね」
「わたしは、卒業してから、アルバイトでしか経験ないから」
「男ってねぇ、おだててやると、なついてくるのよ、たいがい、ね」
「そうなの、わたし、そんなのしたことないから、わからない」
裕子は、身軽な身の上なので、自由だと、自分で言うのですが、いつも生活するための仕事を、していかないといけないから、しんどいのよ、と、本音を洩らします。友子は、生活には困らないとはいえ、ばくぜんと、なにかしら不安で仕方がなくて、からだのほうは自慰ですませてしまいます。このまえに良一と同伴喫茶へ行って、抱きあったことは、裕子には告げられない友子です。
「そうなのよ、画廊を、ね、運営するかもしれない、小高画廊」
「そうなの、わたし、バイトで、雇ってもらおかなぁ」
「そうね、それも、ありかなぁ、裕子となら、やっていけるかも」
まだ決まったわけでもないけれど、友子自身が乗り気だから、ことは成熟すると思う友子自身です。裕子とは、三条大橋のたもとで別れて、友子は三条新京極へと向かいます。三条から寺町へ、いくつか、貸しギャラリーがあり、グループ展や個展、ジャンルも絵画、版画、写真、多種多様です。小高画廊は、そういうのとは違って、企画展です。友子は、それで画廊経営が成り立つとは、思えなくて、ならばどうする、という一種の不安が、あります。小高画廊が佐倉財閥に権利を譲るというのは、経営が立ち行かなくなってきているからです。






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最新更新日 2022.3.23


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