大学の交響楽団に大村良一が入団してきたとき、友子は四回生、就職活動をするかしないか迷っていたところでした。良一は、高校時代に吹奏楽部で、トランペットを吹いていたというので、交響楽団でのパートは、トランペットです。バイオリンパートの友子には、一緒に練習するということもありません。でも可愛い男子に見えた良一に、なにかと面倒をみてやるのでした。友子は卒業してからも団友として、練習に参加させてもらって二年間、なにかと良一とは会話を交わす機会がありました。それからは、少し疎遠になったところでしたが、友子がSNSで見つけられ、友だちになって、イイネするようになって、良一が銀行を辞めたとの書き込みがあって、やりとりの後、会うことになって、この日の花見になったというところです。
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友子にとって、良一は恋心をもった年下の男子でした。久々に再会して、恋心が思い出されて、男として見ています。男と女が濃厚になるところまできて、拒否する気持ちはありません。それにしても、モダンジャズが鳴り、電気スタンドはテーブルの部分を照らすだけです。薄暗いボックス席は、男と女の愛の巣になるように仕掛けられているんです。
「いい気持ちよ、ああ、いい気持ち・・・・」
良一の胸に頭を置く友子が、息を吐きながら、かすれた声を洩らします。良一と、もう会話といっても、難しい話しはなく、わけのわからない、単純な言葉の綾をつむいでいくだけです。友子は、良一の胸に頭を、頬をあて、左右の手は良一の太腿のうえです。良一は、左腕を友子の背中から肩にあてて抱き寄せて、右の手は、友子が置いた手の上に重ねます。そうしてその手は、友子のスカートのうえ、太腿のうえに置くのです。
「はぁあ、はぁあ、ああん・・・・」
「お姉さん、佐倉ねえさん、いい匂いです、いい匂い・・・・」
頭の髪の毛のうえに良一の顔です。女の柔らかい髪の毛が鼻を撫ぜてきます。友子は、友だちの裕子から聴いたおのろけを思い出します。ここで、こういうことになったら、男のモノを握ってあげる、うんお口にほおばってあげても、男って単純だから、よろこぶわよ。良一のズボンのファスナーを下ろしてあげて、なかへ手を入れてしまいます。
「ああ、お姉さま、ああ、佐倉お姉さま、うう、ああっ」
手を入れられた良一は、むっくり盛り上がったブリーフごと握られたので、ちょっと予想外です。おしとやかな女性だと思っているお方から、狭い、薄暗い、シートとテーブル、それにモダンジャスが鳴る場所で、良一のほうが行為に及ばせられないのに、友子のほうから仕掛けられてきたのです。こういうときには、男は女を、触ってあげると、いっそうじゃれてくる、良一の頭のなかが、友子の肌を触ってあげることを決心します。
「ねえ、大村くん、いい?、いいんでしょ?、はぁああ・・・・」
ブリーフの前切り目から、友子が手を入れてきて、男のモノを直接に握ってしまったのです。良一は、なされるがまま、そのかわり、友子が着けてるセーターの裾から、手を入れて、ブラジャーを上部へ押し上げ、乳房を剥き出し、触ってしまうのです。セーターを着たまま、スカートも穿いたまま、友子は、良一の手で肌を触られていくのです。
「お姉さん、ぼく、もう、いい、いい気持ちに、してあげたい」
「ふぅうう、ううん、わたしも、大村くん、いい気持ちに、してあげたい」
友子は、全くの初めてです。28歳にもなって男経験がないといえば、笑われそうで、そういう話しには乗らないし、友だちとの会話にも、そういう話しはしません。女性週刊誌の特集などで、知識は得ますが、実践は初めてなのです。
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<小高画廊>
友子はひとり暮らしをしています。ひとり暮らしとはいっても、自分の収入で生活を賄っているのではなくて、住居費である家賃も、生活費の一部も、親からの仕送りです。週に三日、画廊でアルバイトをしていますが、それだけでは生活費の半分ほどしか稼げません。大学で美学を学んできて、画廊でアルバイトしているのは、経験をつんで画廊運営をやりたいとの希望があるからです。友子の父親の友人が画廊のオーナーで、後継ぎがいないから、権利を佐倉友子に譲ってもいいとの流れで、アルバイトをしているわけです。画廊が扱う絵画は、日本画の現代作家の作品です。
「はい、小高画廊の佐倉と申します、お待ちしております、よろしくお願いいたします」
電話がかかってきて、お得意先の高浜という老人が、画廊へ来るとの連絡です。友子は、高浜老人とは、オーナーの小高から紹介されています。高浜産業という名の商社の会長だから、つまりお金持ちだから、作品をコレクションしていただけるから、大事にしなさい、というのです。タクシーが小高画廊の前に停まって、高浜老人がひとり、画廊のガラス扉の前に立たれたので、友子が内側から扉を引いて導き入れます。
「いらっしゃいませ、高浜先生、いつもありがとうございます」
画廊の真ん中にテーブルがあり、布張りの長椅子が二脚、そのひとつに高浜老人が座られ、対面に友子が座って、応対します。そのまえに、お茶をいれます。錦の専門店で買うほうじ茶です。高浜老人は、上品なツイード地のブレザーを着ていらっしゃいます。作品を買い求めに来られたのです。新進作家、尾上祥子の作品、値段としては50万から100万円くらいです。
「佐倉さん、きょうは、さくら色、さくらさんにさくらだ、淡い色」
「高浜先生は柔らかな色のブレザー、それこそ春、桜の色ですわ」
「そうかね、尾上祥子という作家の作品が、お買い得とか聞いたのだよ」
「ええ、こんご値上がりする、とも噂されています」
高浜老人は、ほうじ茶の茶碗を手にしたまま、話しかけてくるので、友子が応対します。尾上祥子の作品をお買いになられるらしい。
「この画廊は、あなたがお買取りになる、というのは本当かね」
どうして高浜産業の会長が、小高画廊を友子が買い取るということを知っているのか、友子は、どう答えたらいいのか、戸惑います。
「ええ、まあ、そうなるかも、です」
「佐倉さんは、美術に詳しいし、バックは佐倉財閥だし、なにより美人だし、ねぇ」
高浜老人は、にやっと笑い顔で、友子の顔を見てきます。友子は、内心、むしろ嬉しい、バックアップしてもらえるかもしれない、との心です。
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このまえ、大学の後輩になる大村良一と会った友子は、恋心もあって、ちょっと行き過ぎたのかも、と思っています。そのあとの日々、良一の顔が思い浮かんで、アダム&イブのボックス席でのことを思い出します。もうあれから一週間が過ぎて、あの日、強くは次に会う約束はしなかったから、どうしたものかと戸惑っている友子です。
<大村くん、連絡くれたらいいのに、わたしの可愛い子、銀行、辞めたのね>
友子の住まいは、銀閣寺に近い、ワンルーム、マンションの一室です。学生のときから住まっているマンションで、ちょっと高台になるルームの窓からは、近くに桜が咲いている風景、その向こうに京都の市街が見えます。
<どないしてるんやろなぁ、大村くん、握っちゃた、あったかくてかたかった・・・・>
朝の飲み物はダージリンティー、ミルクと混ぜてミルクティー、朝の紅茶です。焼いた食パンに蜂蜜をたっぷり、甘いのが好きな友子です。
<画廊にいらした高浜さま、作品買ってくれたから、今月のノルマ達成よ>
良一の顔が浮かんで、高浜老人の顔が浮かびます。画廊の権利買取りは、オーナーの小高と友子の父との間で、すすめられている案件です。佐倉と小高は、ライオンズクラブのメンバーで交流があり、高浜産業の会長高浜老人もメンバーです。友子は、経済的には恵まれた環境で、スタイルも顔立ちもうるわしき女子、だから男たちの癒しの場が小高画廊といえばいいのかも知れません。
<裕子、どないしてるんやろ、忙しいんかなぁ>
東に向いた窓から、朝の光が這入ってきます。ワンルームと言っても八畳の広さ、それにキッチンスペース、バストイレスペースが別だから、それなりにリッチなマンションなのです。画廊勤務はオフの日です。裕子は学習塾の経理をしています。学生時代からの友だちです。LINEすると、午後3時以降なら会える、という返信なので、三条大橋のスタバで会うことにしました。
「いい気候ね、桜が、咲き始めて、心が躍る、友子、そうじゃない?」
窓の向こうは鴨川、三条大橋、その向こうに市街が見えます。
「心浮き浮き、でも、なんかしら、元気でないのよ、ねぇ」
「男がいないからかしら、友子の元気がでない、原因ってゆうのは」
「裕子は、元気なの?、男、いるんでしょ、何人いるん」
「ばっかねぇ、ひとりだけよ、でも、あまり思いつめない、適当よ」
祐子は、学生の時から、あんがいアバウトな性質で、くよくよしない性質で、美貌だし、男からの人気も抜群でした。ふたりが会うと、どうして男の話になるのか、友子と裕子です。
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祐子は、大学をでたあと証券会社のOLになりました。25になるまで勤めて、退社して、一年ほどぶらぶらして、貯金を食いつぶし、学習塾の経理を担当する契約社員として仕事をしています。
「そうなの、彼って、けっこう、強いんだよね、ほんと」
友子をまえにして、いまつきあっている男のはなしをする裕子。裕子の経歴、能登の出身で、京都の大学へ来てから、かれこれ10年。学資ローンを利用しながら卒業し、大阪は淀屋橋に支店がある証券会社に勤めて3年、体調を崩して休養し、いまの経理の仕事をしだして2年でs。
「だってねぇ、友子、疼くじゃない、そうじゃない?、だから、さあ」
「うらやましい、わたし、そんなの、ないから、裕子が羨ましい」
「若い身体だから、楽しんであげなくちゃ、申し訳ないでしょ」
「わたし、このまえ、大村くんと会ったのよ」
「はいはい、あの気が弱そうなイケメン、後輩の大村良一、ね」
「彼、銀行、辞めたんですって、裕子とおんなじパターンよね」
「キャリアで入ると、きついんだよね、ノルマとか、ね」
「わたしは、卒業してから、アルバイトでしか経験ないから」
「男ってねぇ、おだててやると、なついてくるのよ、たいがい、ね」
「そうなの、わたし、そんなのしたことないから、わからない」
裕子は、身軽な身の上なので、自由だと、自分で言うのですが、いつも生活するための仕事を、していかないといけないから、しんどいのよ、と、本音を洩らします。友子は、生活には困らないとはいえ、ばくぜんと、なにかしら不安で仕方がなくて、からだのほうは自慰ですませてしまいます。このまえに良一と同伴喫茶へ行って、抱きあったことは、裕子には告げられない友子です。
「そうなのよ、画廊を、ね、運営するかもしれない、小高画廊」
「そうなの、わたし、バイトで、雇ってもらおかなぁ」
「そうね、それも、ありかなぁ、裕子となら、やっていけるかも」
まだ決まったわけでもないけれど、友子自身が乗り気だから、ことは成熟すると思う友子自身です。裕子とは、三条大橋のたもとで別れて、友子は三条新京極へと向かいます。三条から寺町へ、いくつか、貸しギャラリーがあり、グループ展や個展、ジャンルも絵画、版画、写真、多種多様です。小高画廊は、そういうのとは違って、企画展です。友子は、それで画廊経営が成り立つとは、思えなくて、ならばどうする、という一種の不安が、あります。小高画廊が佐倉財閥に権利を譲るというのは、経営が立ち行かなくなってきているからです。