立夏の頃-1-

 1〜8 2022.4.28〜2022.5.7

 

-1-
ベートーベンのピアノソナタ全集があるんやけど、と十字屋のレコード部にいらっしゃった先輩の一声に、ぼくは貰いたての初給与ほぼ全額を渡して手に入れました。シュナーベルのピアノソナタ全集、エンジェルの赤盤、上下の二巻です。そのときに、付録としてベートーベンのブロンズ像がありました。あだ名をベートベンとも呼ばれていたぼくは、まるで自分のブロンズ像のように思えました。ええ、ピアノは魅力ある楽器でしたけど、学校には音楽室にしかなくて、弾き手もないままに、吹奏楽部の練習室、つまり音楽室でいつも眺めているだけでした。ピアノを習ってるという女子がいて、たまになにやら流暢にピアノを弾いてくれます。
「ベートベンのために、エリーゼとちゃうよ、ベートベンのためよ」
ちょっと小太りの女子ですが、短いようにみえる指をぼくは眺めていて、ほのかな愛らしさの気持ちを覚えたのです。

大学受験が迫っていた高校三年生の秋、ぼくはその遁走劇から降りて、就職する判断をして、就職部の先生はピアノ調律師になるように勧めてくれて、大手楽器店の部長さんと面談してもらって、就職は決まりました。ピアノを弾く女子は教育大学に合格、ぼくはピアノ調律師となるために楽器店へ就職、その後ぼくはピアノではなくてエレクトーンの修理調整の技術屋になるように勧められ、ピアノ調律はあきらめました。
「これからはエレクトーンよ、ハモンドよりヤマハだよ」
心斎橋のヤマハへ見習いにいかせてもらっているさなか、無線技士をしていたという先輩から電子回路のはなしを聞かせてもらって、電子回路のはなしを理解していきます。そういう最中のピアノ全集の購入でした。金閣寺近くのアパートに居を移し、中古のエレクトーンを部屋に置き、オーディオセットにエンジェルの赤盤、ベートーベンピアノ全集を聴き、音楽大学へ行くためにピアノのレッスンを受けはじめたのでした。

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ピアノレッスンは週に一回、茨木の音楽教室へ通います。教室は駅前の楽器店に併設されていて、近くの小学生が習いに来ていました。レッスンはバイエルから始まりました。指の形、鍵盤をたたく指の形、力のいれかた、そうして鍵盤をたたく。小学生が習い終わったあとに、レッスンしていただくのです。練習は、仕事が終わってから、三階のレッスン室のピアノで、二時間ほど弾きます。音楽家になりたい、希望は指揮者になりたい、作曲をしたい、そのためには音楽大学で学ばなくてはならない、音楽大学へいくためにはピアノソナタが弾けないとダメだ、と言われているから、ピアノを習うという名目でした。いろいろ憧れがでてきます。ジャズピアノ。エレクトーンの技術屋が本職であったぼくの近くには、エレクトーン奏者の人がいて、ピアノから転向したのだとおしゃっていました。エフェクトを巧みにお使いになるエレクトーン奏者は、元ジャスピアニスト。いろいろと話題をいただき、演奏会には同伴させてもらいました。
「お金いるんやで、学費や、高いで、払えるかい」
目指したい音楽大学は東京にあって、京都の貧乏な家の子が、通えるはずがないやろ、と思いだすのでした。それでも二年間、ピアノを習い、ソナチネとかまで弾けるようになりましたが、仕事を辞めることにして、一般の大学へいきたいと思うようになったのです。

高校の時に詩集を出したりしていて、文学に興味を持ち出していて、詩を書いていたし詩集を中心に読んでいたのですが、小説を読むようになり、小説を書きたいと思うようになり、小説家になりたいと思って、エレクトーンの仕事を辞しました。ぼくには彼女がいて、真剣につきあっていて、相思相愛でした。彼女は女子大生でした。心の救済を求めて、気持ちは彼女にのめりこんでいました。高校生になったころ、クラスの女子がお気に入りになって、俗にいう好きという感情を抱くようになりました。ダサい子、ネグラな子、美人でもない子、なのに何かしらぼくには惹くもの、オーラのようなものを放つ子でした。クラスが一緒で、赤十字のクラブにも所属してきて、一緒になることが多くなります。多くは話さない女子でしたが、ぼくに好意をもってくれているようでした。深く思うことでいえば初恋。淡い恋は小学生のなかほどから芽生えてきましたけれど、中学の時にも淡い恋はいくつかありましたけど、その子の名前は千津子、淡い恋ではなくて深い恋になっていく気配が見えました。
「だめよ、わたしを好きになったら、いけないのよ」
千津子は、ぼくを好きだとは言わずに、好きになったらいけない、というのでした。そういいながら、夜の電車駅、鳴滝での逢引きには千津子のほうから電話をくれるのでした。うどんの出前の途中、出前したあとに駅で逢い、10分ほど夜道を歩いて電車に乗って店に帰っていく千津子を見送るのでした。その頃ぼくは、週末には寿司屋の出前バイトをするようになっていました。

-3-
渡月橋のまえの道をまっすぐにいくと清凉寺の山門にいたります。清凉寺の西の道を北上すると鳥居本から愛宕道になります。清凉寺がめやすで、横道、愛宕にいく道に精神病院があります。嵯峨病院という名称でしたか、友だちのお父様が院長をなさっているというので、お伺いしたことがありました。
「キミはまだ来なくていいんだよ、まだ軽症だよ」
「そうですか、ぼくは、こころ病んでいると思っているんですか、だいじょうぶなんですか」
「そう思っているということは、正常な証拠だよ、勉強に、励みなさい」
廊下の片側が病室になっていて、入院患者さんは、個室の部屋で、窓からは山の裾がみえるのです。高校生のぼくは、智恵子抄を読んでいたし、風立ちぬを読んでいたし、なにげなく病気といえば精神病か結核という観念がありました。千津子のことを想うと、どうしようもなく空しくて、好きになったらいけない、という意味が解せないまま、落ち込んで、心を病んで、いると思うのでした。もう肌寒くなりだしたころ、電話が鳴ります。千津子からの電話で、会えるというので、ぼくは原付バイクで鳴滝の駅へいきます。電車が止まり千津子が降りてきて、それからおうどんを配達にいって、役目が終わると、少しの間、歩きながら会話する、それだけのことですが、暗くなった道で、手を握ることもできなくて、学校を止めるかもしれない、という話しを聞いて、もう奈落の底を徘徊する気分にさせられてしまうのでした。
「また、電話するから、ね」
停車場に停まった電車に乗りぎわ、千津子は手を振ることもなく、ぷいと後ろを向けて車内にはいったのです。電車は帷子ノ辻の方へ進んでいって、停車場には淋しげに裸電球が灯っているだけでした。

翌日の学校、教室に千津子もいましたが、ぼくの方を見てくれることもなく、数人の女子同士、友だちとの話のなかに交じっているのです。ぼくは、恋してるのだと思うこともなく、その恋を愛おしく思うこともなく、胸が詰まる思いで、時を過ごすしかありませんでした。寿司屋の配達アルバイトをしていて、そこに同い年の住み込み店員がいて、親しくしてくれます。高浜の中学を卒業していて、京都へ出てきて住み込んだという男子でした。やんちゃそうに見えましたが、心優しい男子で、ぼくに恋文を書いてほしいとゆうのでした。ぼくは青い山脈を読んでいましたから、恋を変と間違うことはしませんでしたけど、ぼくにとってはフィクションで、恋文を書くことになりました。
<たえこさんのことが好きで好きでたまらなくて、手紙を書きます。ぼくとつきあってもらえませんか。もし気に入ってもらえるのでしたら、いっしょに棲んでもいいと思っています。恋しい恋しいたえこさま。>
なんということか、ぼくは千津子に宛てる気持ちで、代弁してあげたのです。たえこという女子は、数軒隣の喫茶店のウエイトレスで、かわいいといえばかわいい女子です。あっけなく振られたと男はしょげていたけれど、悪びれすることもなく、仕事が終わって喫茶店へ行って、たえこに声をかけては、いちゃついているのでした。ぼくは、彼の性格を羨ましいと思います。

-4-
彼の名前は田宮くん、親しくしてくれて、ぼくのバイトがない日でも、夜になると誘ってくれて、スーパーカブに乗って街の中を走り回るのでした。スピード違反して、走り回って、喫茶店へ入って、田宮くんがいろいろと話をしてくるのです。話は女のこと、女のヒトのこと、男だから興味ある女のヒトのこと、田宮くんは経験者、年上の女のヒトによくモテるようなのです。夜、淋しい時には、女のヒトのアパートへ行くんだといいます。
「よろこんで、入れてくれるよ、それから、やるんだけど、そうなの、よろこばせてやるんだ」
「そうなの、へぇええ、ほんと、そうなの」
「そうだよ、ぬるぬるになってくるんよ、なぶってやるんだ、あんがい、らんぼうに、さ」
「そうなの、いいなぁ、そんなにできるの」
「そうよ、さんかいくらいつづけていかせてやるのよ、ないてよろこぶよ」
ぼくは、そんな経験はまったくありません。クラスで千津子を遠くから見ているだけで、手を握りあったこともありません。田宮くんの話しはリアルです。エロ映画も観たこともなかったぼくは、空想を逞しくして、勝って読んでいた奇譚クラブのグラビアを思い出したりしながら、ひとりになると自慰に耽るのでした。抜いてもらう、という言い方があるようで、田宮くんは、女に抜いてもらうんだ、と言うのです。

学生服を着たぼくが、喫茶店にいくと、ウエイトレスをしているたえこさんが、会釈して冷水をいれたコップをテーブルに置きます。ぼくは、ちょっとうつむきになったたえこさんの頬から耳たぶ、毛のはえぎわを目の前にします。女の匂いといっても、ぼくにはわかりません。田宮くんが恋文をわたした相手のたえこさんは、いつの間にか田宮くんのセックスで、いいなりになっているのです。ぼくは、珈琲を頼み、たえこさんを見ています。髪の毛を後ろで束ねて、ポニーテールというのだと教えてもらって、馬のしっぽ、なるほどなぁ、とひとりで納得しています。化粧していないたえこさんは、化粧しなくても十分に美女にみえます。もう二十歳を越えている女子ですから、お姉さんに見えます。田宮くんの話しでは、自分が年下なので可愛がってくれるんだといいます。口に咥えて、美味しそうにしゃぶるんだというのです。また、ヌルヌルに濡らしてしまって、ヒイヒイと泣くんだともいい、ぼくは、洋服を着たたえこさんを眺めながら、想像もできないのでした。
「高校生でしょ、お勉強できそうね、賢そうな顔してる」
ほかに客がいないので、もう顔なじみになっているたえこさんが、話しかけてきます。
「土日、寿司屋でアルバイトしています」
「知ってるわよ、大木くんっていうんでしょ」
「そうです、大木真一です」
「わたしのこと、どう思う?、大木くん、かわいいわねぇ」
「おねえさん、美人だと思います、とっても美人です」
「まああああ、うれしいわ、わたし、たえこ、っていうのよ」
親しみを感じます。恋文を代筆した相手の女子と会話している自分は、ちょっと大人になった気がします。

-5-
ぼくが所属している新聞部のクラブボックスは階段下の空間でした。一坪ほどの広さで高さは2mほど、大きなテーブルがあり四人掛けの長椅子が両サイドにあります。部員はしやうちゃんと呼んでした二年生の男子、それにぼくとかとうくんが一年生男子で、他に5人の二年生女子がいました。しょうちゃんは一年遅れてここの高校生になったといって、実は年齢は高校三年生だといいます。歌声喫茶へ連れていってもらって、ロシア民謡だとかを歌います。学校でも歌声サークルを作りたいといって、ブラスバンドの経験があったぼくに相談してくるのでした。
「キョムとタイハイを歌声でうちやぶるんだよ大木くん」
部室にはしょうちゃんとかとうくん、それに久我さんと福永さんがいました。ぼくを含めて五名、伴奏無しで走れトロイカとかを歌うのです。しょうちゃんは音痴でしたけど、ぼくは音程しっかりしていて、久我さんも福永さんも、合唱部にいらっしゃったから美声でした。歌声喫茶が流行っていたころで、しょうちゃんは民主青年同盟に関係していました。しょうちゃんの家は双ヶ岡の近くにあって、ぼくを連れていってくれます。立派な家、しょうちゃんの部屋、個室です。本棚があり、本が並んでいます。ぼくの家は四軒長屋のなかの一軒で、四畳半に親子四人が棲んでいる狭さからいうと、ブルジョアジーの家みたいな感じです。

久我さんは新聞部の一年上のおねえさん。映画俳優の久我美子に似たハスキーな声で、大木くん、大木くん、と呼んでくれます。久我さんは久我美子さんと血縁はなかったようですが、名字が同じなので、ぼくは密かに尊敬しています。千津子は後ろ向きに生きている感じの女子でしたが、久我さんは開放的で、長椅子に隣同士で座っていると、お尻をぼくにすり寄せてきて、ぐいぐい、ぼくを押しやる感じで、知らん顔しているのです。
「ねえ、ねえ、大木くん、これ、チーズ、おいしいわよ」
「ソーセージの白いやつみたいや、くれるん」
「うん、あげる、かわ剥いてあげるね」
先っちょをハサミで切り落として、指の太さほどの中身を剥きだしてくれて、食べさせてくれます。チーズを食べるのは初めてのこと。そんなのを食べるほど、ぼくの環境は西洋化していなかったから、見たことあっても食べるのは初めてのことでした。久我さんの指は細くて白くて綺麗です。声もきれいだし、ピアノもそこそこ弾けると言っているけど、ピアノが無いから弾いてはもらえません。憧れの気持ちがわいてきますが、好きな子という感情ではありませんでした。惹き込まれていくのは、千津子、どういうわけか泥沼に引き込まれるような感覚、蟻地獄に落ちたような心のなりかたです。

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精神病院経営者の息子、健司くんと同じクラスで、中学生のときにもクラスが一緒だったこともあり、学校では仲の良い友だちでした。その健司くんが、学校に来なくなったのです。ぼくらの担任の先生は音楽家でした。先生に健司くんが来なくなった理由を訊ねると、別の学校へ入り直しするんですよ、と答えられたのです。医者になるためには大学の医学部に入学しなければならなりません。ぼくが通っている高校では、ナマぬるくて、医学部に合格できないから、もっとハイレベルの進学校へいくのだ、とのお話しでした。その健司くんから、電話がかかってくることがあります。
「ねえ、大木、ぼく、勉強してる、受験勉強、高校受験だよ」
「なんでだよぉ、つぎは大学受験やろ、それなのになんで高校受験なのよぉ」
「親が、そうしろ、というのよ、それより新井さんに、会いたいんだ」
新井という女子は、クラスでは美人の部、可愛さではナンバーワンです。その新井さんを、健司くんは好きなんだと察します。ぼくも恋のことで悩んでいるのに、健司くんの恋のことなんかかまってられないじゃないですか。それでも、健司くんは、執拗に電話で新井さんの振る舞いを訊いてきます。受話器の向こうから、健司くんのすすり泣く声が伝わってきて、ぼくはどうしようもなく、ただ声を聞いているだけです。ぼくは千津子のことを健司くんには打ち明けていません。というより誰にも打ち明けていません。先輩にも、同じクラスの友だちにも、だけど千津子本人には、手紙を書いて、心の中を打ち明けていました。それで、千津子から、電話がかかってくるようになったのでした。

「だめなのよ、わたしを好きになったら、いけないのよ」
「どうしてあかんのよ、好きやったら、好きって言えて、いっしょにいたら」
「いっしょにいるのはいいのよ、でも、好きになったら、いけないわ」
暗い道だから肩を並べて歩いているけれど、千津子の表情はわかりません。ことばは、哀しい音色に聞こえます。どうしたらいいのか、わからない、恋してる、ウエルテルの悩み、恋に悩む、成熟していかない恋に打ちひしがれて、もう死にたいくらいに落ち込んで、原付の単車のアクセルを思いっきりふかして、街の中を徘徊するだけでした。たえこさんがウエイトレスの喫茶店で、田宮くんと一緒に酒を呑む。お酒はドライジンをそのまま、小さなグラスに注いでもらって、ぐっと一気に飲み干すのでした。やけくそってゆう言葉があるのですが、まさにやけくそで心は泣いていました。電話が来ないから、夜に逢引きすることもなくなります。逢瀬という言い方があると知ったのは誰かの小説のなかでした。男と女が忍び会い、といっても二人肩を並べて歩くだけ、手を握ることもなく、別れるときに手を振るわけでもなく、そのまま、見送るだけです。

-7-
日曜日は朝から寿司屋のアルバイトにはいります。前日に出前した器を回収にいくのです。朝ごはんを食べさせてもらうのですが、京都の朝ごはん、おおきなヤカンに湧かされた番茶を、大きめのお茶碗に注いでお茶漬けです。おかずは鰆の皮を焼いたやつ、梅干、たくわん、それをいただいて什器の回収に出かけます。
「きいつけていきや」
「はい、きいつけて、いってきます」
女将さんが声をかけてくれて、ぼくはスーパーカブに乗って遠いところへ出かけたのです。寒い日です。お正月を控えた暮れの日です。千津子の顔を想い起こしながら、白梅町から等持院、衣笠を経由して店に戻ってきます。こころ穏やかじゃありません。好きな女子のことを想って、単車に乗っている。千津子はおうどんを電車に乗って配達してる。高校は進学校だから、友だちたちは受験のための勉強をやり始めています。新学期になったら、バイトしたお金で参考書を買って、受験勉強をしようと心のなかでは思うのでした。
「大木くん、頼りにしてるんやで、ずっとバイトに来てな」
大将はかっぷくのよい板前、寿司を握りながら、ぼくに言ってくれます。寿司の配達は田宮くんの仕事です。土曜日とか日曜日は、出前の注文が多いので田宮くんだけでは追いつかなくて、ぼくが配達のバイトに入るのです。

バイトが終わるのが夜八時過ぎです。田宮くんも仕事を終えて、喫茶店へいきます。マリヤという喫茶店で軽食と甘党の喫茶店で、西陣で働いている住み込みの女子たちでにぎわってきます。田宮くんは、女の話しをしてくれます。ぼくは、好きな女子がいるとはいっても、手を握ったこともない関係です。田宮くんは、ぼくのそれを、プラトニックラブってゆうんや、とニヤッと笑いながらいうのです。
「女って、やってやると、ますます寄ってくるんよ、たえこさんもそうなんよ」
「どこでやるん、そうなん、たえこさんのアパートで、やるん」
「寒いから、ストーブ炊くけど、パンツ脱がすだけ、服着たままや」
「そうなん、パンツ脱がすだけなん」
「セーターとかめくりあげて、おちち揉んでやったりするけど」
「それで、よろこぶん、あのたえこさん、よろこぶん、そうなん」
「そうなんよ、おれのん突っ込んでやると、ヒイヒイ泣くのよ」
たえこさんがウエイトレスしている喫茶店では、こんな露骨な話しはできないから、田宮くんとぼくが二人のときは、マリヤへいってホットケーキとコーヒーを注文して、あたりの女子のグループに、田宮くんは話しかけていったりして、面白おかしく笑いこけるのでした。

-8-
新聞部のクラブボックスへいくと、しょうちゃんと久我さんが会話しているところでした。記事の検閲で、書き直せという指示があったというのです。校庭を掃除のするおばさんの働いている時間が少ない、という記事で、さぼってる、という見解を記事にしたところ、顧問の先生から、この記事を載せることは問題だという指摘があって、どうしようかという相談をしているところでした。しょうちゃんは二年生だけど年齢的には三年生、久我さんは二年生、ぼくは一年生です。
「記事のところを空白にして、発行する」
しょうちゃんは、そのようにいいます。久我さんは、そうしたら紙面が変になってしまう、といって別の記事を書くのがいい、といいます。ぼくは、そうしたらいいのか、わからない、と答えます。もう組版されていて、ゲラ刷りの段階でした。新たに記事を書くのではなく、空白にして発行する、というしょうちゃんの意見がとおって、そのように印刷所に連絡です。久我さんが電話で印刷所に連絡して、ぼくたち三人が印刷所へ赴きました。町の印刷所、そんなに大きくはない工場の台に、新聞紙の大きさで組版ができあがっています。工場の人がその記事のところの鉛の活字を退け、平たく凹ませて、印刷すれば空白になるようにされるのです。それから一週間ほどして、新聞が刷り上がってきて、一年生から三年生までの各組の組長へ、校内放送で新聞部ボックスまで取りに来るように依頼され、組長または代理の生徒が取りに来て、各組で全員に配布されたのです。

部長のしょうちゃんは何か問題が起こることを期待していたいました。でも、配布して、教員の方からも生徒の方からも、新聞部員へは、意見を言うような反応はありません。
「そうなのよ、みんな、勉強ばかりで、記事が空白だなんて、かまってられないのよ」
副部長の久我さんは、余裕たっぷりに振る舞われ、無反応に立腹するわけでもなく、成り行き任せです。しやうちゃんは、無反応には落胆したように、しょげていたように見受けられました。
「ねえ、大木くん、テーブルマナーの講習会にいくとね、皮のままのバナナがでてくるのよ」
「へぇええ、皮のままのバナナですか」
「そうよ、それをナイフとフォークで皮剥いて、ナイフで切って、フォークで食べるのよ」
「久我さん、やったことあるん、講習会いったことあるん」
「そう、学校ではやってないけど、会社の経理を通じて、経験させられたのよ」
久我さんの家は、中堅電機メーカーの経営をなさっているお父さんは社長さん。大きな庭付きの家に住んでいるのです。良家のお嬢さまなのです。勉強ができるし、ピアノが弾けるし、ぼくからみたらすごい高貴な女子さんに見えます。その久我さんが、ぼくをかまってくれて、気恥ずかしい気持ちにさせられてしまうのでした。その数日後、久我さんは、テーブルクロスに包んだお皿にバナナをのせて、ナイフとフォークを用意して、ぼくの目の前で、そのバナナをお上品に食べるよう、ぼくに仕向けるのでした。















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最新更新日 2022.5.24


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