耽美試行

はなこよみ(1)-1-

 1〜5 2014.7.29〜2014.8.7

    

-1-

友子は、最近の女子にはめずらしく、名前に子がつけられて「ともこ」と読みます。向井友子、ごくごくありふれた姓名で、大学は文学部、源氏物語を研究したいと思って、文学部に入ったのですが、三回生のときに、織物問屋の若旦那、大島由紀夫とめぐりあったのです。大学の友子より10年ほども先輩で、盛大な同窓会が開かれたホテルで会ったのが最初でした。西陣織の織元の跡取りですが、好きで始めた稀覯本を流通させる仕事で、マンションの一室に愛好家対象の店舗を運営しながら、ネット販売をも手掛けている三十を二つ過ぎた好男子です。この由紀夫の、むしろひとめ惚れで、二十歳を過ぎたばかりの友子に接近してきたのでした。友子は大学同窓会の受付嬢のひとり、清楚な服装に紺のタイトスカート姿、いかにもリクルートルックそのもの、就職活動をはじめなければならない時になっているんです。

「スタッフって、それ、キミのなまえ?」
「ええっ、それわぁ、ちがいます、わたしわ、お世話係です」
「現役の学生かな?、ぼくは大島由紀夫、ほら、これだよ」
首からぶら下げた名札には、卒業年度と学部と、それに大き目のフォントで名前が書かれてあります。友子の名札には名前が入っていなくて、スタッフとだけ、大きく書かれたのを、首からぶら下げていたのです。
「名前を教えてほしいなぁ、ぼくの名刺は、これだ、これ」
渡された名刺には、大島織物株式会社専務取締役大島由紀夫、と書かれてあります。
「はぁあ、向井友子って、向かうに井戸の井、友達の友に子供の子、です」
「ぼくの名刺の裏に、書いてよ、名前、それとメルアド」
友子は初対面の先輩男子から、名前とメールアドレスを教えてほしいといわれて、一瞬、戸惑ったのですが、名刺の肩書きは正真正銘、会社の専務だから、就活をはじめたばかりの友子には、その重みが伝わるのでした。

京都の繁華街から少し離れた、大きなホテルの宴会場です。天井には眩いくらいのシャンデリア、高級な絨毯敷き、ステージの緞帳は、有名織物会社の仕立てです。
「迎賓館の緞帳も手掛けた会社の専務は、ぼくの友達だけど、それはすごいうや奴だよ」
初対面だとゆうのに、由紀夫からなれなれしく言葉を紡ぎだされて、その男性の背が高くて細身で憂えた顔の表情が、友子のこころを揺さぶってきたのも事実でした。
「青年会議所の会員で、若手経営者としてぼくは、名前を連ねているんだよ」
なんかうとんくさい自慢話、それでも無垢な友子には、それは才能ありの証ではないのかと、思うのです。友子には、全く未知の世界、ビジネスの世界、親が医者で病院を経営している家系だから、環境に不満足ではないけれど、京都の文化のなかで医者の家系は、文化の本流ではないと友子は思っていて、むしろ織物会社の家系は文化の本流であるようにも、源氏物語を研究しだしたなかで、確認しているのでした。

-2-

大学同窓会がおわった数日の後、由紀夫からメールを受け取った友子。メールは、寺町の画廊で絵の展覧会が行なわれているのを見ないか、という内容で、絵の作者が誰で、どのような傾向の絵なのか、というようなことは書かれてないから、友子には、行くか行かないかを判断することができないじゃないですか。でも由紀夫からのメールには、日時が指定されていたから、それは、由紀夫からの、今後をつなぐためのメールであることが、友子には察しがついた。つきあって損にはならない相手、大学の先輩だし、若手実業家らしいし、それに芸術をたしなむおひとのようにも思えて、友子は、メールを返した。明日午後5時、寺町のY画廊へ行きます、ともこ。そうしてネット検索で、Y画廊のホームページを開いてみると、個展の内容が載っていました。

大学からバスで市役所前まで乗って、そこから歩けば五分とかからないところ、Y画廊。友子が前までくると、なかに由紀夫がいるのがわかります。
「来てくれたの、ありがとう」
田能村明人個展と墨書きされた案内板。展覧会は日本画の個展で、作家は田能村明人といって、友子は知らないけれど、やはり大学の先輩にあたる人物です。由紀夫とは先輩後輩の関係、美大出身ではないから、それはハンディだといえばハンディだけど、と田能村が初対面の友子にいうのです。端正なスタイル、画家にふさわしい風貌といえばよいでしょうか、友子には、作家であるというだけで、憧れ的な感情を抱いてしまいます。
「田能村くんは、京都画壇で活躍されるお父さんの意志を継いで、画家になろうと」
「いいや、大島さん、ぼくは、けっきょく、好きさ高じてしまっただけで」
二十歳を過ぎたばかりの友子にとっては、大島由紀夫も田能村明人も、雲の上の存在のように思えて、それが大学の先輩にあたるという幸運に、胸が騒ぐ気がしたのです。

画廊の近くにスマートという古い喫茶店があって、それでも田能村の個展会場には小一時間いたのでしょう、喫茶店のテーブルに座って、時間を見ると午後六時、珈琲を注文した由紀夫ですが、友子は紅茶を注文しました。
「田能村が、モデルを募集してるみたいだよ、向井くん、応募してみたら?!」
由紀夫と向きあって座った友子、目線を合わせるのもなんとなくひけるんですが、由紀夫の方が自分を見つめてきているのが、わかります。
「モデルさんですか、それってバイトかしら」
「まあ、それは相談次第、モデルの内容にもよるから」
「内容って?」
「そうだね、着衣とか、半裸とか、深度があるみたいだよ」
由紀夫が運営する稀覯本を扱う書店には、その類の画集だとか、写真集だとか、文章集だとかが集められているのですが、友子には、それがまだ知らされていないから、そうゆう世界があることなど、思いもかけないことでした。

-3-

麩屋町の三条を上がったところのマンションに、由紀夫が経営する多良書房があります。スマートでお茶しながらの話題で、友子は、多良書房のことを聞かされたのです。絵描きの田能村が画廊の時間が終わったら多良書房に来て、食事を兼ねた小パーティをするというのです。友子は、興味津々、スマートを出たのが午後七時過ぎ、その足で五分ほどのマンション、その三階にある多良書房へと導かれていったのです。
「うわぁあ、すごい、すばらしい本屋さん、なんか、アンティークですねぇ」
友子の驚き、漆黒調のフロアーには書架が設えられていて、豪華な本から単行本サイズまで、それに版画とか写真とか、ちょっとエロティシズムな雰囲気を醸すフロアーに、目をみはったのです。
「お気に入りに入れてもらえるかな、向井さん、いやいや、友子さん!」
電球の傘がオレンジ色だから、白熱灯の光がオレンジ色で、深い茶色の壁面の書架を照らして、友子には異様な感触、魔の世界、神さまの胎内、不思議なお部屋、もう自分が自分でなくなったような、感じ。
「はぁあ、ああっ、大島さん、なんかしら、わたし・・・・」
黒い皮張りの一人用ソファーに、友子は座ります。頭がくらっとしてきて、めまいがする感じで、立ってられないのです。

ドアのチャイムが鳴って、由紀夫がドアをひらけるとケータリングのお料理が、厳かな感じのフロアーに運び込まれてきたころ、田能村がやってきます。
「おおっ、いいねぇ、大島さん、今夜は、華もあるし、楽しみましょ」
「田能村くん、個展でお疲れさま、まあ、乾杯とするか」
「そうだよね、向井さん、いいんでしょ、一人住まいなの?」
「わたし、その、こんなところでお食事なんて、どないしょ」
「いいじゃない、ぼくらは同じ大学だし、それだけで仲間だ、そうでしょ、友子さん」
大学の先輩、それも実業家さんと絵描さん、友子にとって、なにかのご縁、もう親しみを感じだして、パーティー用の洋食ケータリングだから、サラダからステーキまで、三人には多すぎる分量です。
「じゃ〜乾杯ぃ、田能村くんの個展、盛況でなにより、友子さん、ありがとう!」
由紀夫が、静かに、静粛に、祝杯の音頭をとって、グラスに注がれているのはシャンパンです。
「友子さんが、田能村の絵のモデルをしてもいいって、言ってるよ」
その言葉には友子がびっくりしてしまいます。たしかに話題にはなったけれど、承諾するなんてところまではいっていない。とはいっても、友子、モデルもいいかな、と思っているから、そのときの感情は恥ずかしいという豊かな情の起伏が起こってきたのです。

ふう〜っとなって、意識が朦朧としてきたところまでは、記憶があるのですが、その後の記憶が、友子にはありません。出来事が、現実なのか夢の中なのか、友子にはわからなかったのですが、後になって、それは現実に起こっていたことだと認識して、大学三回生の友子は、おんなに仕立てあげられていくのです。
「ああっ、ここわ、どこなの?」
「気がついたかな、友子さん、疲れていたのかな、眠ってしまって」
「カワイイお顔、ぼくは、キミの裸体を絵にしたい、素敵な寝顔だったよ」
暗い部屋、天井からのスポットライトに照らされた枠のないベッドの上に、友子は寝かされているのです。手首を交叉させた格好で、赤色と桃色が混じった兵児帯で括られているのに気がついた友子。
「なに、これ、なんなの、手が・・・・」
洋服は着たまま、長椅子のようなベッドに寝かされ、手首を括られている友子です。紺色フレアのロングスカート、インナーのうえはベージュのブラウスを着ている友子ですが、乱されたようすはうかがえません。

-4-

奇妙な部屋、薄暗い天井、壁の一面には書棚があり、一面には棚があり、もう一面はカーテンで閉じられていて、入り口がどこなのか、友子が寝かされている頭後ろの壁面にドアがつけられていました。顔のある真上、天井をみてみると、なにやら滑車が吊るされているじゃないですか。
「なんですか、このお部屋、へんなお部屋・・・・」
「多良書房の演舞場なのよ、知る人は知っている、恥部屋」
「えんぶば?、ちべや?、どうしてわたしが、ここに?」
「多良書房で、モデル契約を交わしたじゃない、だからだよ」
「モデル契約?、わたし、おぼえてないわ、契約なんて」
大原由紀夫が、友子との会話を担当していて、田能村明人は腕組みをしたまま、なにもしゃべらなくて、友子のからだを見つめているんです。
「それじゃ、向井友子さん、さっそくモデルの仕事を、始めましょうか」
「いやぁああん、なにするの、いやですよぉ」
兵児帯で手首を交差させて括られている友子の、その足首を由紀夫が束ねてもちあげると、田能村が兵児帯の余りで、友子の足首を巻きはじめたのです。足首が交差させられ、兵児帯が交差させた足首に括られて、手首と足首がひとつにされて括られた格好にされてしまったのです。

恥部屋と呼ばれる薄暗い、四畳半が四つの広さの演舞場、真ん中に置かれた枠のないベッドに仰向いていた友子の体位が、背中をベッドに着けた格好で、赤と桃色の兵児帯で手首と足首がひとつに括られて、足ががに股、膝がひらいて持ち上がる格好。
「なんですかぁ、こんなのぉ、だめですよぉ」
友子、紺のロングスカートがめくれあがって膝が露出しているのがわかて、とっても恥じらいの気持ちになっていて、契約とはいわれても、どんな契約をしたのか、まったく覚えがないから、とはいえ、男子二人は決して暴漢ではなくて、れっきとした素性のわかる、大学の先輩なのですから。
「まあまあ、びっくりする気持ちは、よくわかるけど、友子さん」
「こんなこと、どうして、こんなこと」
「心配することなんて、ないよ、田能村のモデルになる、そのことだけだから」
友子には、なにがなんだかわけがわからない、いまここにいる自分が、どうしてここにいるのかさえ、わからない。気が動転しているといえばいいのでしょうか、企む由紀夫と田能村は、そのストーリーが構築されていて分かっているから、いかに友子を従順にさせて、目的を果たしていくか、なのです。

手首と足首をひとつに括られてしまった友子は大学三回生、多良書房が扱う領域が、和書洋書を問わず、エロス系、シュールリアリズム系、耽美系、それらの稀覯本を扱う書店だと知ってしまって、興味を持ったところですが、多良書房が出版する絵画集、写真集、それらが日本国内でというより、欧米のコレクターに手渡っていくことのほうが、多いといいます。その絵画集、写真集を創るためのモデル、友子が選ばれたのは、そのモデル。日本美人の顔立ち、清楚で純な感じの友子の雰囲気、それなのにからだはボリュームあるように由紀夫は見立て、田能村も友子を見たときから、情欲をそそられるほどに、化粧気すくない素顔の、その美貌に惚れてしまったのです。
「ああん、だめですよぉ、こんな格好、だめですよぉ」
「いいねぇ、友子くん、ぼかぁ、太腿が見えた友子くんに、惚れますよ」
「そんなの、スカート、めくったらぁ、ちかんですよぉ」
「なんてったって、契約してるじゃない、写真とビデオと!」
紺のフレアスカートが、めくれあがって、太腿のすべてと、白い下穿きの腰から股間が、丸出しになってしまって、膝がひらいて、股間から足首までが菱形になってしまって、双方の手首が足首に重なって括られて仰向け、恥じらう気持ちでお顔が火照って、潤ってくる友子、まだまだ性には未熟な女子学生です。

-5-

田能村明人は精密に日本画手法で女性を描くことで頭角を現してきた画家です。まだ三十を過ぎたばかり、美人画を手がけていますが、かってあった春画を匿名ですが今流に、描くことでコレクターを得ています。田能村とコレクターの間にはいるのが多良書房、大島由紀夫が主宰している稀覯本などを扱う書店です。友子がモデルに、という内容は、春画のモデルであり、サドマゾ世界のマゾモデルであり、美人画のモデルにもなるという、契約なのです。友子は契約のことは知らないといっていますが、確かに向井友子と多良書房が署名した契約書が存在しているのです。
「あああん、いやぁあああん、写真なんてぇ」
「まあ、まあ、友子くん、お写真を撮っておくんですよ」
足首と手首を兵児帯で一緒に括られた友子、その足首と手首が持ち上げられて腰からお尻が浮くところで留められていて、紺のフレアスカートは見事にめくれさがって、白い下穿きが丸出しになっていて、膝と膝の間に腕が入っていて、その膝は左右にひろがってしまって、白い下穿きの股間が、丸見え状態なのです。縁のないベッドに仰向き、手首と足首を一緒に括られ、持ち上げられた友子の姿にカメラを向けるのは由紀夫、前から、後ろから、上から、横から、様々な角度から、シャッタが切られて、破廉恥友子の姿がデジタルデータ化されているのです。

恥部屋と呼ばれるアンティーク仕上げの洋間で、友子は屈辱にさいなまれながら、絵師田能村と多良書店主由紀夫の求めに応じていくのです。大学は文学部の三回生、古典文学とりわけ源氏物語を研究したいと思っている友子。男友だちは数多くいるんですが、特定の関係を持つ男子はひとりです。特定の関係とは、つまり、からだを交わらせる関係にまで発展した関係、といえばわかっていただけると思うのですが、男子の名前は大村淳史、現在は大学院に在学、修士課程の二年目だから、友子より三年上級ということで、もう二十四才になる美男子、文学同好会の先輩にあたります。
「それで、その、大村淳史くんだけど、多良書房のファンだよ、友子くん」
手首と足首を一緒に括られお尻を上げさせられた格好にまでされて、解放された友子に、由紀夫が友子の恋人のことを知っているとばかりに話題としてきたことに、狐につままれた感じを受けてしまいます。
「ええっ?どうして大村くんのこと、知ってらっしゃるんですかぁ」
「多良書房のお客さん、だよ」
「そんなことは、淳史から聞いたことないです」
「言えなかったんでしょ、大村くん」
「なんでぇ、淳史、隠しごと、どうしてぇ」
「まあ、ところで、大村くんと友子くんは、いい関係、なんだとか」
友子には、由紀夫が、どうして知っているのか、どこまで知っているのか、関係しているところまで知られているのかどうか、なにか秘密を暴かれる気がして、この場から逃げ出したい思いにさせられるのです。

多良書房の壁面はハメこみの書架となっていて、大きなサイズの画集の棚、小さなサイズの画集の棚、単行本の棚、雑誌の棚、写真集の棚、それぞれジャンルごとのコーナーになっています。32畳敷きのフロアーの入り口正面の壁面の前に、書斎の机と椅子があり、その前には応接用の黒い皮製ソファーセットがあるフロアー。机と椅子がある壁面の両サイドにドアがあり、奥の部屋に通じています。正面右のドアをあけると、八畳の広さの演舞場、恥部屋。ちなみに左のドアをあけると、そこは演舞場、客席、ボックス席が左右にあり、椅子が4脚、狭い空間ですが、カーテンが引かれていて、開けられると、恥部屋と客席がひとつになる空間です。
「そうだね、友子くん、今夜は10時からのショー、間もなくだ、見てお帰り」
「ええっ?ショーって?」
「週に一度、いろいろな18禁ショーを開いているのよ」
「ええっ?18禁ショーって?」
「いやいや、おとなの遊びといえばいいかなぁ、友子くん、おとなでしょ!」
由紀夫が、不安げな表情で黒い皮張りソファーに座っている友子に、勧めます。友子は、今日一日の出来事が余りに予想を超えたことなので、疲労感よりも、異質な世界へ連れてこられた興奮のほうがまさっていて、なによりも大学の先輩の勧めでもあるので、従うことにしたのです。










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最新更新日 2014.12.13


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