葉月という題の小説を書こうとしているんですが、なかなかその気になれなくて、ついつい先延ばしにしている感じです。ライブドアのブログからシーサーに変えたのは、アクセス数がこちらの方が圧倒的に多いからです。ブログの扱いやすさからいえばライブドアかと思いますが、一般のブログ、体験的にアクセスが極端に少ない。どういうわけかしらないけれど、そういうことなのです。開き直ってみれば、書けないなら書かなくてもいいじゃない、ということだと思うのですが、律儀なぼくは、そういわれても、書いておかなくちゃ、と思っているわけで、読めるような展開じゃないと思うけど、ということは読者を獲得できないんじゃないか、とは思うけど、切羽詰まっていて、願掛けしても仕方ないけど、祈る気持ちなのです。ハアイ。
-3- 2018.9.2
昨日、フォトクラブ京都を創立させました。
自分が主体となって進めていく枠組みのひとつです。
ちょうど2年前、古希を迎えて、団体から身を引き、肩書を外しました。
名刺には、住所名前とスマホの電話とメールアドレスだけを刷りこみました。
新しい枠組みで、構想してきたことを、再始動させようと考えていたのです。
特別に写真の枠組みにこだわっているわけではないけど、写真がわかりやすい。
写真のことなら、かなり細部まで、かなり全体像が、分かると思っているからです。
迷い迷いながらですが、写真倶楽部を組織しようと思ったのは最近です。
関西、特に京都を中心に活動してきたフォトハウス構想と農塾構想でした。
フリースクールを試みた2001年ごろの企画原案にあった<カフェ&プレス>。
この名称を使って、この4月から天野さんの好意により「場」が持てました。
新しいタイプの若い写真家との出会い、ベジラボの伊藤氏のバックアップ。
なにより場を提供していただけたアマノコーヒーロースターズの天野さん。
旧友の写真家堀内氏との二人三脚で、ここまでやれてきたと感謝の至りです。
ほんとうに善意の集まりだと思っています、感謝です。
-4-
台風が来るというので、そのつもりでやって来るのを待っていました。
お天気情報とおり、昼過ぎからやってきて、凄い勢いで雨風、そうして去っていきました。
子供の頃、台風が来るというので、父が窓に板を打ち付けていた光景を思い起こします。
風が吹いて、雨が降って、家が倒れて、風塵が通ったのを思い出します。
小学校の一年のときでジェーン台風?でしょうか、その下敷きになった家がありました。
急遽、バラックのような家を造られて、そこに人が住んでいた。
ぼくが高校のときに、そのバラックのような家が空いて、そこに棲むようになりました。
独立した家屋だったから、高校生の時には友達がたくさん泊まりに来ていた。
俗にいう溜まり場だったわけで、いまもって同窓会で、そのときの話が出てきます。
けっこう不良だったわけで、完全不良にはならないまま、人生の不良になったのか。
大学生になっていたときには、デモに出てきた学友が泊まりに来ていた。
若い感性のふれあう場所であったように思う、冷める心を共有しあう家だったのかも。
所帯をもって子供が生まれて、家を新築する時まで、そのバラックの家がありました。
台風の通過を待ちながら、ぼんやり、そんなことを思い起こしていました。
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書棚を眺めていて、取り出すこともなく、眺めている自分がいます。
これは読んだ本が並んでいるコーナー、文庫本ですね。
自分の、過去の自分がそこに投影されていて、現在の自分がここにある。
あらためて、写真に撮って、こうして羅列されたのを見ていると、何してたん?
それぞれの自分の時代背景が、これらの本を読んでいた光景と共に現れます。
本を読み漁ったのは15年ほど前までで、その後は書く方に転じています。
膨大に書いてきて、それらの文章をブログに再録しています。
沢山の本を読んで、それで一体、自分に何が起こっていたんだろう、と追憶してみます。
結局、それほど自分が成熟したわけでもなく、ただの年寄りになっただけだろう。
権威とか肩書とか過去の実績とか、自分を囲む世間の価値を?ぎとったら、何が残る?
食べることとエロスを見ること、エロスを描くこと、そうしてこんな雑文を書いてる。
それにしても変な並び方してる文庫本たち、統一性がなくて、流行りばかり追ってる。
いやはや、いまさら文化人なんて思ってないけど、出番が欲しい、とは思う。
心の灯、ラジオの番組で、昔からありますね、心、癒されます、今朝の外は雨です。
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いましがた樹木希林さんがお亡くなりになったとの速報がスマホに入ってきました。
訃報といえば先ほど、中川祐二さんが8月初めにお亡くなりになっていたと聞いたばかりです。
他人ごととは思えない、自分もそういうことが起こる年代になっているのだ。
最近、自分のことでいえば、こうした文章を書いたり、写真を撮ったり、いつまでできる?。
このことが気になっているところです。
10年前の文章を「むくむく叢書」ということで再録しているところですが。
まだ、いまより体力があり、気力があったと思えます。
自分で諦めたらいけないけれど、どこまでできるのか、と気になるところです。
現代表現研究所をバーチャルで立ち上げたところです。
フォトハウス表現塾、これは学のシステムで学校、現在は写真の学校です。
カフェ&プレス、これはひとが集まり発信する場、天野さんの好意により実現しました。
フォトクラブ京都、これはわかりやすい、写真倶楽部です。
現代表現研究所のコンセプトは、現代を表現する、このことなのです。
まだうずうず、渦巻いている雲の状態で、まだ言葉になっていない現在です。
見えやすくする、イメージできるようにする、これが現代を表現する目的です。
まだ、始まったばかりの研究、塾、倶楽部です。
写真は先日赴いた太秦の、天塚古墳の石室の入り口です。
嵯峨野慕情という文章を今年初めに試みたけど、それの延長線上です。
一昨年から文字さんにみちびかれて奈良の古跡を訪ねさせてもらっています。
それの流れで、京都の古墳時代、平安京が造営される前、そのあたりです。
平安京造営が794年からというから、そこに至る京都の歴史です。
古代史なんてやってこなかったから、これからの勉強課題です。
ゆるやかに、そういう目標を持っている方が、すすめやすいと思うのです。
60の手習いで陶芸だったから、70の手習いは古代史を想う、ということか。