立春の頃-2-

 9〜16 2022.2.14〜2022.2.22

 

-9-
京都駅に着いたその足で、清水坂のお土産店にいる向井良一に会いに行きます。五時過ぎで、お店はもう閉まっている時間ですが、良一はまだいる時間です。旅の疲れもあるので、駅前からタクシーに乗った京子です。疲れたような疲れていないような、醒めた気持ちで、良一の顔を思い浮かべます。画廊に展示したお茶碗のことも気になるし、店へ来た口実は、そのことにしようと思った京子です。
「もう、店、終わったところです」
「ええ、でも、来ちゃったわ」
「でも、島田先生来てくれて、嬉しいです」
「東京へ行ってたの、その帰りよ、向井さんと会いたかったのよ」
「それは、光栄です、展示して、やっぱり、光ってますね、先生の器」
良一は、京子が店じまいの時間なのに来てくれたことに、素直に喜びを隠せません。京子は、お土産のなかに自分の制作した器が置かれているのを見て、安心の気持ちになります。自分のなかでは、画廊に飾った器も、お土産店に並べられた器も、同じ価値のものです。
「ねぇ、向井くん、ごはん一緒にたべようか、奢るわよ」
京子は、一抹の淋しさの気持ちをもって、もうあたりが暗くなった清水坂で、良一と食事しようというのです。
「ええっ、先生と、いっしょに、ごはん、食べる!」
「わたし、東京から帰ってきたばかりなの、ひとりご飯って、むなしいのよ」
「そりゃあ、よろこんで、お供いたします」
良一は、お店のシャッターを下ろし、鍵をかけ、京子とならんで坂を下り、大通りを入ったところの、お酒を呑ませる創作料理店へはいったのです。客はまばら、四人席のテーブル、おまかせセットを二人分、それにワイン赤。京子は、むしょうに酔いたい気持ちになりたいのです。良一は、京子を前にして、意識しないけど、上下関係になっていて、京子が上、良一が下な感覚です。
「ねぇ、美味しいよねぇ、スペアリブ、ああ、乾杯よ、向井くん」
「乾杯、島田先生、ああ、うつくしいひとと、食べて呑めるなんて、さいこう!」
二人だけで、向きあって、夜の食事をするなんて、初めてのことです。京子は、向井良一のことを、知りたい興味にとりつかれだしたところです。画廊で、二人展を終えて、荷物を運んでくれた良一に、京子は急速に良一のことが気になりだしたのでした。

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ワインを?みながら、少し脂っぽいお肉を食べながら、京子と良一が、会話します。良一は、コートを脱いだ京子を、美しいと思います。もう春のような淡いベージュのセーターを着た京子。京子は淡白なシャツにジャンバーを着た良一を、愛おしく思います。ワインを呑んでいるから、からだが緩んでしまいます。
「それで、向井くん、小説を書いてるって、言ってたよね」
京子が、良一に訊きます。良一は、伏目がちに、京子の顔をまともに見られなくて、料理に目を落しがちです。それが京子の問いに、顔をあげ、京子の顔を見つめ、そうなんです小説を書いてるんだけど、と言葉を紡いできます。見つめられる京子は、ドキッとします。ワインに酔ってきたのか、ほんのり、気持ちいい、京子の心が、潤います。
「でも、何してるんやろ、といつも思っちゃうんですよ、ぼく」
「ねぇ、どんな小説なの、ジャンルでいえば、興味あるわ、わたし」
「たいしたことないんですけど、恋愛、性愛、そんな小説なんだけど」
京子が、麗しく見えます。美女に見えます。端正なスタイル、資産家のひとり娘さん。良一は、年上の陶芸家島田京子を脳裏に思いながら、小説を書いています。
「へぇええ、恋愛小説、文学の賞に応募とか、してるの?」
「いやぁ、そこまでは、まだまだ、それより、島田先生こそ、多才だし」
「わたし、そうね、文章は苦手なのよ、ああ、それとお絵描きも苦手」
「ぼくは、なんにもない、高校のときに、文章書きになりたい、と思ったんです」
向井良一は、大学を卒業しているけれど、苦学生でバイトに明け暮れていたから、あまり勉強はしていない、と言います。。一年遅れて卒業して、就職発動はしなくて、フリーランスで良いと思っていました。自分の生計はアルバイトで5年間やってきたというのです。
「島田先生って、音楽、バイオリンとピアノ、プロ並みなんでしょ」
「それは、そんなことは、ないんだけど、音楽家にはなれない、陶芸にはまっちゃったわ」
「すごいなぁ、ぼくなんか、うだつのあがらない、文学青年してる、かっこ悪いけど」
良一がたしなむのは文学だけ、京子は、音楽、美術、そして陶芸家としてデビューしたところです。暗い洞窟のなかにいる良一には、キラキラ光る世界にいる京子が、魅力ある理想の女性のようにも思えるのです。
「美術、絵といえば、佐伯画伯、島田さん、親しいんですか」
「大学のクラブの先輩なの、オーケストラ部だったけど」
「だいぶん先輩じゃないですか、二人展、成功じゃないですか」
「そうね、佐伯さん、おじいさんもおとうさんも、画家さんなのよね」
「まだ若いのに、けっこう評価が高いじゃないですか、日本画壇で」
良一は、なにか嫉妬している、京子には、直感的に、そのように思えたのです。

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夜の食事でワインを飲んで、京子は気持ちよい酔いかたをしました。なんとなく不安が解消されている、ふわ〜っとした感覚で、自宅に戻ったのが十時です。
<向井くん、いい感じなひとや、優しそうなひとや、へぇええ、小説かぁ>
向井良一と、初めていっしょに食事をし、身の上話をふくめて、よもやまの話を交わした京子です。良一は年下の文学青年。物憂げな表情が、三十路を超えた女の、京子の心をくすぐる、とでもいえばいいのでしょうか。京子には、心が癒される感覚です。
<また、誘ってあげるわ、かわいい子、いや、誘ってくるかなぁ>
京子は、お風呂で温まりながら、からだを洗い、からだを拭い、部屋着のパジャマを着たのです。

良一は、良一で、京子に食事を誘われるとは、夢の夢でした。良一には、陶芸家とか音楽家とか、そういう肩書もさることながら、ひとりの女として、ほのぼの、なにかしら、情が立ちのぼってくるのです。恋する相手として、女として、イメージしてしまいます。
<いい女、京子さん、美しいしなぁ、あの仕草、たまらない、いいなぁ>
良一の心が揺すぶられます。先ほどまで一緒にいたのに、顔がおぼろげにしか思い出せません。かわいい、美人顔、髪の毛はショートカット、耳たぶが見えたけど、イヤリングしていたのかどうか、思い出せません。

<向井くん、わたしのこころ、癒してくれそう、また、ごはん、一緒にたべよ>
京子は、一人用ベッドの横に座って、目をつむります。まだ眠れそうにもないから、心を鎮めようと思います。東京で会った和子の生き方、逞しさには、到底及ばないなぁ、と京子は、思います。和子は、中学校の先生をしながら、ひとりで生きている、いや、彼がいるって言っていたけど、心の支えにしてるんやろなぁ、京子は、ベッドの横に座って、ひとりごとをぶつぶつと、つぶやくのでした。夜が更けていきます。ひとりでいることには慣れているから、でも、ふたりで居れたら、どんな感じをおもうんやろかなぁ。陶芸家デビューした京子は、ひとり寝のベッドにはいって、眠ります。

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佐伯東吾のアトリエは、衣笠の自宅とは別棟の二階建て、その二階に32畳の広さです。祖父佐伯柳枝が使っていたアトリエを引き継いでいます。同じく日本画家の父佐伯柳生は、等持院の近くに自宅兼アトリエを構えています。三代の絵描きの筋で、京都画壇の中核をなしてきた流派のひとりです。佐伯は40歳、独り身、気ままに絵描き生活を送っています。朝、目覚めて、起きるのが、大体午前六時です。夜型の絵描きではなくて明るい光のアトリエで描くように、もう10年も前に鬼籍にはいった祖父の教えに従っています。
<島田京子かぁ、美女やなぁ、惚れちゃうよなぁ、嫁にしたいなぁ>
朝はやっぱり珈琲です。サイホンで淹れます。アトリエのコーナーに設えたキッチンで、珈琲を淹れます。硬い珈琲の匂いが、アトリエにひろがるのを佐伯は好みます。東側と南側が大きな窓なので、光がたっぷり這入ってきます。
<大村和子、島田くんが会いに行くと言ったけど、行ったのかな?、でも、もう、無関係だわ>
佐伯は気ままな日々を送っていますが、内面は、鬱です。なにか女性の愛情が足りない、と思えてしかたありません。
<島田京子をモデルにして、絵を描きたいなぁ、和装でなくても、普段着のほうが、いいなぁ>
日本画といっても、花鳥風月、淡い風景が得意な佐伯東吾ですが、美人画も手がけたいと思うところです。
<京子は、清楚なイメージだけど、エロっぽいというか、艶っぽいイメージで描きたいなぁ>
この日の朝は、珈琲を淹れてひとり飲みながら、しだいに京子の顔の輪郭が、脳裏を占めてくるのです。着衣の京子、裸婦の京子、佐伯東吾には裸婦京子のイメージが、まだ見たことのない島田京子の裸を空想するのです。アトリエに備え付けたオーディオのスイッチをオンにします。最近はピアノの曲をよく聴きます。子供の頃から、絵描きの筋なのに、音楽教室に通い、ピアノを習い、バイオリンを習ってきました。大学では絵を描く傍ら、大学のオーケストラでバイオリンパートを担い、OBになっても先輩として関わりました。どうしたわけか鬱を発症していたかに思える東吾の、キリっとした目鼻立ちの大村和子が、内面を支えました。島田京子は、良家のお嬢さんで、まろやかな女子で、遜色なく美女でしたが、あまりに整いすぎていて、東吾には個性派の大村和子に心を揺すられたのでした。

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日本画を描く佐伯への評価は、三代目ということで、賛否両論です。緻密は筆使い、繊細な画質、さすがに三代目だ、という評価を多数の批評家が論じます。なかには批判的に、人間としての重みがない、綺麗ごとすぎる、深さがない、というような内容の批判があります。佐伯自身、作家として、思い悩むところで、技法を重んじる風潮にたいして、そうではない、もっと内面的な深みへ訴えるようなイメージを表出させたい、と思うのです。自分で、自分の作風を、評価できない佐伯東吾です。京子と会える口実がほしい。木屋町画廊のオーナー高瀬啓介(60)に電話する佐伯。用件は画廊のほうで京子に連絡し、それに合わせて佐伯が画廊に赴くという手配です。画廊が発行している月報に、対談記事を作ってくれて、という筋書きです。高瀬は、快く引き受け、京子と佐伯が、画廊で、会うことになったのです。
「いやぁ、島田さん、新進の陶芸作家さん、よく来てくれました」
「いいえ、高瀬さま、お世話になるばかりで、申し訳ございません」
「まもなく、佐伯先生もお見えになると思います、お待ちくださいね」
午後2時、京子は佐伯と対談する予定で、画廊入りです。少し早めに到着したので、一階のショップに立ち寄ります。美術好きの若い顧客でも求められるように、高額な絵は展示されていなくて、手ごろな値段の小作品が壁面に並べられています。京子の陶芸作品は、陳列台に、他の作家と一緒に並べられています。自分の作品が並べられているのを見て、京子は不思議な違和感を感じてしまいます。まるで他人の作品のようにも思えて、距離を感じるのです。名刺大の紙には、島田京子、と作者の名前が書かれていて、面はゆい気持ちです。
「こんにちは、佐伯さん、よろしく、おねがい、します」
佐伯が二階の画廊に現れたのは、定刻です。京子が先に来ていたので、京子のほうから声をかけました。
「いやぁ、島田くん、待たせたね、よろしく」
ブレザーの上にコートを羽織った佐伯の風体は作家、自由人、そのように見受けられます。京子はコートのしたはセーターにスラックスです。春のいろ、もえぎ色です。
「島田くんの陶芸作品、なかなか、好評じゃない、よかったね」
「はい、佐伯さんといっしょの展覧会で扱ってもらえて、実力以上ですわ」
「なになに、島田くん、この画廊で、絵画と陶器の講座をしたいと思っていてね」
佐伯の案に、オーナーの高瀬が話を引き継ぎます。
「そうですよ、木屋町画廊の企画で、本格的に学びたいというヒトを対象にした講座です」
画廊のスペース、その奥に物置スペースがあるから、そのスペースで絵画の講座と陶芸の講座を開催するというのです。先生は佐伯東吾と島田京子です。

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木屋町画廊の実践教室は、日本画家佐伯東吾の発案です。画廊スペースを有効に使って、作家を養成する、というものです。陶芸家の島田京子とつながっていたいと思う佐伯の、個人的な欲望に、画廊オーナーの高瀬が小銭稼ぎの腹案もあって、表になってきたのです。
「島田くんは陶芸教室、ぼくは日本画教室、そのうち、ほかの教室もできるといいね」
「わたし、あんまり乗り気じゃないけど、まあ、佐伯先輩と一緒だし」
「ええ、事務は画廊のほうでやりますから、先生がたには、お手間はかけません」
高瀬の計らいで、芸術実践教室の企画がマスコミに発表され、カルチャスクールを超えた実践教室として、春から生徒を募集することになります。
「佐伯先生も、島田先生も、若手の新鋭作家だから、生徒さん、集まると思うよ」
「はい、そうなら、いいんですけど、わたしが先生だなんて、あきれちゃうわ」
「なにをおっしゃるんですか、島田先生、もう話題のヒトなんですから」
「それじゃ、佐伯先生こそ、話題のヒトだと思います、わたし、まだ、未熟です」
京子は、先生役を引き受けますが、まだ三十を過ぎたばかり、若い、美しい、魅力ある先生です。なにより、日本画家の家系をもつ新鋭作家佐伯東吾が、仕組む教室ですから、裕福なシニア・マダムたちが集まるのではないかとの思惑です。
「今日の対談は、再来月の会報に載せることにして、教室の広報を兼ねましょう」
「それは、高瀬オーナーに任せます」
「まあ、事務は、うちのマネージャー、内田貴子に任せますから」
おおかたの枠組みの案が出されて、対談もおわって、ひと段落というところで、佐伯が京子を食事に誘います。佐伯は独身、京子も独身、おたがいに、そういうことでいえば、自由気ままに動くことができます。
「湯豆腐がいいかなぁ、予約いれておいたんだ、ふたり」
京子は断る理由もないから、佐伯と食事を共にすることを快諾の一歩手前で了承します。木屋町の三条大橋と小橋の間のお座敷です。佐伯家がお馴染みの料理屋で、祖父の代から贔屓している料理旅館です。

-15-
清水坂の土産物店で働いている向井良一の居住空間は、土産物店の裏小路にあるアパートの一室です。小説家を目指していて、質素な生活です。土産物店では週に四日間の契約で、火曜日から金曜日までの店番です。山陰、出雲大社の近くに実家があって、高校までは実家で、大学に入学するので京都へやってきておおむね10年、京都住まいです。
「はい、取りに行きます、夕方になります、はい、六時ですね、はい」
京子からの電話、先日、新作を店に並べたいと依頼して、その返答です。良一が銀閣寺近くの京子の陶房へ、軽四輪車で取りにいきます。京子からの電話、このまえ、食事に誘ってもらえて、かなり忘れられない存在になりつつある島田京子です。
<いいとこの娘さん、いい感じのヒト、憧れやなぁ>
良一の気持ちは、漣立って揺れ揺れです。音楽やっていて、陶芸家になった京子のファンになってしまった良一。軽四輪車で京子の陶房へ赴きます。
「来てくれたのね、まあ、入ってちょうだい」
用心のため玄関はロックされている京子の陶房兼住居です。引き違い戸がひらかれ、京子の姿が現れます。白い生成りのふわふわオーバーサイズのシャツにデニムのゆったりスラックス。小柄な京子は、薄化粧なので、とってもナチュラルな感じを受ける良一の内面。
「今日は、ね、パンを焼いたし、お料理したし、向井くん、食べていかない?」
京子は、もちろん、良一と食事をしようと思って、もてなしの用意をして、電話したのです。軽自動車で来るとは分からなかったから、ワインも用意してあるけれど、飲ませられない、と京子は思います。スープを作っておこう、京子はなにかしらソワソワ気分でした。突然の食事お誘いに、良一は戸惑ったけれど、チャンス到来、快く引き受けました。京子の陶房兼住居は、玄関をはいると土間ですが、仕切りがあって、陶房へは半間の出入り口、右に二階の居住スペースへ上れる階段です。良一をひとまず陶房へと導きます。
「島田先生の陶房、素敵ですね、庭の草木が、映えていますねぇ」
土間の陶房は八畳間ふたつほどの広さで、その向こうが庭です。庭に近い右側に囲いがあって、畳二枚分の休息所、水道が引かれた簡単なキッチンになっています。
「向井くんの小説、読みたいなぁ、と思っているのよ」
「そうですね、コピーしたのを、持ってきたらよかったけど」
「いいのよ、また、今度、会うときで、いいよ、楽しみにしてるから」
良一は、京子と二人きりになっている今を意識しています。目的は、京子の新作陶器を預かりに来たのですが、またしても食事をしていかないかと誘われたのです。京子の生活している空間で、食事をする、良一は、この出来事に戸惑っています。

-16-
島田京子の陶房兼住居は、土地の広さの割には、それほど広くはありません、木造の二階建て、生活空間はその二階です。
「あがっていいのよ、ごはんは二階で食べるから」
躊躇している良一を、二階へ上れと促す京子。階段の天井には電球がぶら下がっています。京子が良一を二階へ導き入れるのは、冒険です。年下の男子を、自分の生活空間へ導くことは、良一に好意があるからで、予期せぬ何かが起こっても、起こるかも知れない、との思いも京子の心には秘められています。
「いいんですか、島田先生、あがらせてもらって、いいんですか」
「いいのよ、それと先生って呼ぶのやめてほしいわ、しまださん、でいいのよ」
良一を先に階段をあがらせ、その後ろから京子があがります。畳半分の踊り場で、襖戸一枚がひらいています。階段の左、部屋が二つ、手前にキッチンとバスルーム、三畳の板の間です。六畳と八畳の部屋があり透明ガラスの窓が二間です。寝室は別の部屋、もう暗いから、窓の外は見えません。
「遠慮、要らないわよ、向井くん」
「はぁああ、どうして、ぼくを、いいや、ありがとうございます」
「向井くんの話を、いっぱい聞きたいのよ、とっても興味あるのよ、わたし」
食卓テーブルは、分厚い一枚板、畳一枚の大きさ。京子が、手料理をテーブルに並べます。バスケットに盛られたパン、オードブル皿には数種類のチーズ、別の皿にローストビーフ、魚のマリネ、食べきれないくらいの量です。
「車やから、アルコールはだめよね、ノンアルにしようか」
「そうですね、恐縮です、島田さん、ぼく、小説家になりたい、文学賞とりたい」
「いなかで貧しい家やから、京都に出て来て、大学生になったけど、バイトばかりしてたんです」
大学を卒業しても定職には就かず、アルバイトしながら小説を書いている、といいうのです。京子が惹かれるのは、その顔、その表情、どこか淋し気で、優しさにあふれているところです。それに、会うと良一が自分に興味を示してくる気を感じるのです。可愛い年下の男の子、という感じで、安心していられるのです。
「はい、食べます、えんりょなく」
空調は暖房、それに電気のストーブが点けられているから、部屋は温かいです。照明は、天井からの光ですが、白熱灯なので、柔らかい光です。さりげなく振る舞われる京子の仕草に、良一は、女の匂いを感じます。白い手が光り輝くようにも見える京子。うつむくと胸元の肌が少し覗けます。ショートカットの髪の毛、耳たぶ、うなじ、良一の目には、京子の素肌が、眩しく見えます。京子は、挑発気味ですが、自然に任せています。














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最新更新日 2022.2.23


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