物語のブログ


秋立ちて-2-

 9〜16 2018.10.1〜2018.10.17

 

-9-
 多恵の友だちで、気軽に会えるのは、未婚の女子だ。島村京子のその一人だ。高校生の時からの友だちで、同窓会の世話とか、なにかと同窓生の情報を知らせてくれる友だちだ。島村京子が多恵陶房へやってきたのは個展が終わって数日後のことだ。多恵とは同い年だから35才だ。まだまだ独身の友だちがいるとはいっても、結婚ということを意識しないわけはない。
「いいなぁ、多恵は、芸術家やし、やることあって、いいなぁ」
「そないなことないやろ、京子は詩人やろ、初志貫徹って、あるじゃん」
高校生の時、島村京子は、薄っぺらい手作りの詩集を作って、クラスの友だちに配布していた。多恵は、そのことを鮮明に覚えているのだ。
「詩、書いてたけど、大学生になってからも多恵と、よく詩の話、してたよね」
「そうよね、でも、わたしは、陶芸に興味が出てきて、その道に来ちゃったけど」
「わたしは、中途半端で、そのまま、おわっちゃったわ」
島村京子は、高校生の時、好きな男子がいて、付き合いかけたけど、その男子が子供っぽかったから、イメージが合わなくて、気まずくなって、別れるにも別れないまま、ずるずると卒業まできた、というのだった。もう十七年以上もまえの話で、京子と会っても、その男子のことを話題にすることはなかった。その男子の名前は倉田義一といった。この倉田が高校の同窓会の世話人になってきたというのだ。
「そうなの、あの義一が、ねぇ、同窓会の世話人に」
「それで、わたし、再会して、どないしょ、恋しちゃったのよ、彼、いまも独身なの」
「そうなの、それなら、京子、いいじゃない、あの時も恋してたんだから」
あの時と多恵が言うのは、京子が手作り詩集を作っていた頃、高校二年生、17才の時の恋人が倉田義一だった。
「そうなの、そうなのよ、それで、いっしょになろうか、結婚しようか、ってゆうの」
「いいじゃない、いい相手じゃない、義一、イケメンだったし、今もイケメンだし」
「そうよね、多恵に話しして、決心ついたわ、結婚しちゃうよ、倉田義一と」
「おめでとう、披露宴に呼んでね、式、するんでしょ」
「するよ、する、する、盛大にはしないけど、身内と親しい友だちだけで」
ようするに、京子はできちゃった婚で、おなかが大きくならないうちに、結婚式を挙げる、というのだ。

-10-
 陶房で作業をする時間と手順は、日によって違うが、陶房で制作に没頭できる日は、だいたい午前中に三時間、午後に三時間、だいたいの目安だが、手が詰まってきたときには、朝五時ごろから八時ごろまでに最初の作業をする。その日は一日に三時間が三工程だ。もちろん予定が詰まってくる。制作に没頭しなくてはいけないが、京陶苑を介してお会いするときは服装も整えないといけないから、肩が張る。気を抜くためには友だちと会って、お茶して、自分の存在を、自分で確認する。35歳。友はたいがい家庭を持ち、育児をしている年代だが、多恵は、そういう友とは交流がない。アートの領域で自分を創っている人たちとの交友を深める。友だちが個展しているとか、グループ展に出展しているという案内をもらうと、たいがいそのギャラリーへ足を運ぶ。社交儀礼という側面もある。芳名帳に名前を記しておく。礼儀だ。今日は秋晴れ、天気が良い。午後からの作業はやめて、寺町のギャラリーでグループ展の案内をいただいているから、そこへ赴く。絵画と陶芸と染色の三人展だ。多恵の友だちは陶芸だが、絵画の作者も染色の作者も顔見知っているから、行かないわけにはいかない。
「来てくださったのね、ありがとう、ゆっくりしていって」
多恵の陶芸仲間の友だちは不在だったが、日本画を描いている西川冴子がいた。多恵の友だちにシングルマザーの内村友子がいるが、西川冴子は世代的にひとまわりほど年上で、先輩画家たちのひとりだ。
「裕子、夕方になると思うけど、来るよ」
西川冴子は多恵から見て、上品な女性であられて中堅どころ。でも、日本画の世界では、まだ若手の部類の作家として扱われる。画業で生計を立てるというのはなかなか難しくて、西川冴子は芸大で日本画を学んだから、出身校の芸大で、常勤講師を勤めている。そのうち准教授になり教授になる。西川冴子は、自分の肩書を、絵描き、としている。
「あなたの、個展、なかなか、評判、良かったじゃない」
「はい、おかげさまで、たくさんの方から、お声をかけてくださって、ありがたいです」
「さあ、お茶でも、お飲みなさい」
ギャラリーの真ん中に座るスペースがあり、おこに座ると、少し上げ目線で、ギャラリーの三方が見渡せる。お茶は宇治茶の緑茶、上品な味がする高級茶の香りと味だ。
「西川先生の絵、素敵です、わたし、アブストラクトなのが、好きです」
「陶芸は、そうね、抽象だし、太田さんは、それに通じるのかも、ね」
「具象画より、抽象画、それがいまの手法なんでしょうかね」
「そうね、そうよね、私たちはもう、抽象でないと作家ではない、みたいでね」
多恵は、あまり理屈を言わない方だけど、大学で教えたりする立場になるには、理論を語ることも必要なんだ、と思う。多恵の教える経験は、女子高の美術の助手として、三年契約でアルバイトをした程度だ。芸大を出ていないから、創作の場所で教えるというのは、ハンディだ。家柄とか、個展歴とか、なにより人脈のなかに入らないと、難しいところがある。

-11-
 小西裕子がギャラリーへやってきたのは午後五時だ。多恵はギャラリーを訪れてから、裕子が夕方に来るというので、三条寺町から西へ、歩いたり、南へ歩いたり、ウインドウショッピングを楽しみら時間を過ごした。再びギャラリーへ赴くと、裕子がいた。近くの老舗の喫茶店へ一緒に赴く。夕方の時間で、軽食をとることにして、多恵はサンドイッチとコーヒー、裕子はピラフとコーヒーを注文した。
「来てくれてたのね、ありがとう」
「いいえ、いいえ、どういたしまして」
多恵は、裕子とは陶芸学校で同期生だ。裕子が三歳も年上だから、アラフォーといってもいい年頃だ。独身、多恵と同じく独身、だが話を聞いてみると愛人がいる。愛人という言い方はいかがなものかと思うが、一緒には生活していないが、愛しあう関係だという。
「久しぶりね、こんなところでお茶するなんて」
「いいえ、いいえ、折角来たんだから、顔をあわさないと、と思って」
「ありがとう、多恵は、この前、個展したでしょ、いけなくてごめんね」
「いいえ、いいえ、いいのよ、いいのよ、気にしてないわよ」
「彼がね、入院していてね、世話にいったりして、ほかのことできなかったの」
「そうなの、彼が入院してたの、癌とかじゃないでしょうね、いまはどうなの」
「癌じゃないの、胃潰瘍だってゆうのよ」
「それじゃ、気を使いすぎ?、ストレス?」
「そんなんじゃない、わたしと、やりすぎたのよ、彼」
「やりすぎたって、なにを、よ?」
「まあ、こってりなのよ、彼、多恵にも、いい人、いるんじゃないの」
裕子は、男のことを聞いてきている。多恵は、いないから、いないと答える。
「そうなの、いないの、もったいない、もう、若くないのよ」
「しかたないわ、いないんだもん、でも、いい男、ほしいな」
「彼は、しつこいの、たっぷり、わたし、イキまくりよ」
多恵は、裕子のおのろけを聞きながら、ふっと不満足を覚える。女の性が、寝たままだからだ。土を捏ねていたって、からだの満足は得られない。裕子から、淡白だといわれ、開発されていないのよ、開発しなさいよ、と言われて多恵は、冷や汗をかいた。

-12-
 35歳になる陶芸家の多恵は、夜の街のバスストップで、銀閣寺行きのバスを待っているとき、ふっと<どこかにいい人いないかしら>、こんな言葉が浮かんで消えた。好きな男の人がいないわけではないが、親密にお付き合いするほどには熟していない。
<いい人いないかしら、松宮くん、どないしてはるやろ>
多恵の脳裏に浮かぶのは松宮良一の顔だった。どうして松宮の顔が浮かんできたのか、夜の街角で懐かしい気持ちにおそわれた多恵だ。好き合ったといえばそうかも知れない、松宮は陶芸仲間ではなくて、陶器を預けている哲学の道の店の店員だ。松宮は多恵より七歳も年下だから28歳だ。もちろん独身だ。松宮が、自分に気があると、多恵は感じている。だからといって、これまでは放置していたけれど、LINEでつながっているから、トークしてみた。ご相談したいことがあるので会えませんか、と書いた。数分後に、会えますと返事が来た。
<今からでも会えますか>
<もう店が終わったから会えますよ>
<陶房へ来れるかしら>
<行きます>
<じゃあ、午後九時、お願いね>
一時間後だ。まだバス停だし、午後八時だし、午後九時なら陶房に戻れる、と多恵は時間を読んだ。多恵は無性に淋しさがこみあげてきたのだ。だれかと話がしたい。男の人がいい。松宮君なら、受け入れてくれそうだ。独り言をいいながら、陶房に戻って、電気を点けた。玄関を入った横の応接スペースが明るくなった。無性にドキドキ、多恵は、秘密のその気持ちを押さえられない。からだが浮く。痺れている感覚だ。
 松宮良一がやってきた。背が高い、細身だ、イケメンだ、女子が首ったけになってもおかしくはない風貌だ。多恵が、その女子の一人だとは、多恵自身は思っていない。
「こんばんは、こんばんは、おねえさん、来ちゃったよ」
「まあ、おはいりになって、ごめんなさい、急に呼び出したりして」
「びっくりしちゃいましたよ、おねえさんから呼び出されちゃって、でも、よかった」
「よかったって、わたし、お願いがあるのよ」
「会いたいと、思っていた矢先のLINEだったですよ、びっくりしちゃった」
玄関横の応接ルームから、陶房の方へと良一を導いた多恵。陶房は、玄関から、応接ルームからはカーテンを降ろすと見えないようになっている。多恵は、良一と二人だけになった。
「ワイン、飲むでしょ、チーズがいいかしら」
良一は、何事が起こるのか、わけがわからないままに、言われるままに、多恵の好意に甘える。預かっている陶芸作品の売り上げ前金が欲しいとでもいうのか、と良一は予測をたてる。としてもこんな夜に陶房へ呼び出されて、ワインを出されるとは、思いもかけない出来事だ。電気ストーブがつけられ、ヒーター部分が赤い色になる。テーブルに長椅子、三人掛けだ。横に並んで、多恵が良一に追加のワインを注ぐ。そうして良一に注いでもらう。
「そうよ、お金、都合つけてほしいの、十万だけど、無理かしら」
ストーブの赤みで、顔を赤くさせる多恵を、良一がうっとりと見つめる。
「いいですよ、おねえさん、ぼくは、従順ですから、明朝」
「そうなの、ありがとう、良くん、頼りになるわ」
女の多恵がワインを二杯飲んだ。言葉が、うわずってくる感じで、横に座っている良一に凭れかかっていく。
「どうしたんですか、おねえさん、ぼくは、困っちゃうよ」
「いいじゃない、困っちゃって、ほうら、お飲みなさい、良くん」
多恵は、良一と並んでいることで、癒される。淋しさの気持ちが遠のいていった。

-13-
 静かな夜。多恵の陶房。テーブルのワイングラスとチーズの皿を前にして、呼び出した松宮良一と二人だけだ。グラスに注いだワインの三杯目を手にする多恵。良一は三杯目を飲み干してしまって、グラスをテーブルに置き、チーズをつまんでかじる。
「ほんのりよ、酔っちゃったかなぁ」
「おねえさん、ぼくは、酔っぱらいそうですよ」
「おかね、都合つけて、くれるのね、感謝よ」
「おねえさんの作品があると、店、雰囲気が映えるんですよね」
「ありがとう、良くんに褒めてもらえると、うれしいわ」
テーブルには60W相当のスポットライトが落ちているだけ、三人掛けの長椅子は幅60pで簡易ベッドにもなる。外出していたワンピースのままの多恵。陶房に戻ってきて普段着に着かえようかと思ったが、良一には女の潤いを示さないと恥ずかしい、との思いでインナーだけを気軽にした。腰まわりをショーツだけにして、リラックスだ。イケメン良一は、シャツにジーンズ、ダンディーだ。
「ねぇ、良くんって、彼女、いるのよね」
「ええっ、おねえさん、いないんですよ、ほんとですよ」
「そうなの、ほんとかしら、そうねぇ、ほんとかも、ねぇ」
うっとり、多恵は良一の肩に手をかけ、頭をそのうえに置いてしまう。前向いた良一に前向いた顔を近づけていく。良一が硬く緊張している様子が、声の質から多恵にはわかる。
「ほんとです、おねえさんみたいは女子が、いいんだけど」
「そうなの、良くん、わたしはねぇ、良くんみたいな男子、好きよ」
多恵は、良一の左側に座っている。右側になるほんのりと明るい良一の前に、左手をまわし、良一の右手にかさねる。良一は、多恵が抱きついてくる気配に、左腕を多恵の背中にまわしてしまう。多恵にかさねられた左手の指へ、良一が右手の指を絡ませる。多恵が、右腕を良一の背中へまわしてしまう。
「ねっ、いいでしょ、こんなことしても、いいのよね」
「いや、おねえさん、ぼく、ああ、だいちゃうよ」
良一の左腕にちからがはいり、多恵が抱き寄せられてしまう。女の唇からワインの甘い匂いを感じる良一だ。多恵は、ほんのり、ワインがまわっているから、からだが浮く感覚だ。
「ううっ、はぁあっ、うっ、ううっ」
男の良一に唇をかさねられてしまった多恵が、淋しさを紛らわす呻き声を洩らしてしまう。多恵の陶房、夜の九時半は静寂だけだ。電気のストーブが赤い光を放っている。多恵は、うっとり、良一の腕の中に沈んでいく。
「おねえさん、いいの、こんなことして、いいんだよね」
「はぁ、あ、良くん、はぁ、わたし、もう、だめ、わたし」
顔をあわせる、間近で、つぶやきの声を洩らしあう多恵と良一。多恵が仕掛けたことだが、良一は戸惑いながらも、男は男の役割を果たす。多恵が、椅子から尻をもちあげ、空いた左手で、下穿きを脱いでしまう。そうして良一のベルトを外してやり、前をひろげてやり、男のモノを弄っていく。良一は、なされるがまま、多恵の背中のファスナーを降ろし、ブラを着けたままの胸へ手を入れてしまう。男のモノをぎゅっと握った多恵。乳房を弄られるなか、多恵は良一の唇を求めていく。良一は、キッスしながら、右手を乳房から腰へと下ろし、スカートのなかへ手を入れてしまう。ショーツを脱いだ多恵の腰から下だ。良一が、温かい多恵の太腿をまさぐる。まさぐられる多恵は、もう十数年も前の記憶をよみがえらせながら、膝をずらせ、太腿をひろげだしてしまう。

-14-
 松宮良一は哲学の道の土産物店の従業員で28歳の好男子だ。陶芸家の多恵が、真面目そうな良一に好意をもっているが、この男のことは詳しく知らない。知らないままに、自分の想いにまかせて、夜の陶房へ訪問させてしまった多恵だ。ワインを三杯も飲んだあとのことに、後悔はない。良一にぎこちなく抱かれ、座っている三人掛けの幅広い長椅子に仰向いて寝かされた多恵。
「ううん、いいのよ、良くんのすきなように、ああっ、わたし」
「おねえさん、ぼくは、好きです、おねえさんのこと、好き」
仰向いた多恵へ、良一がうえからかぶさる。ワンピースを着けているが、乳房が露出している多恵。スカートがめくられ太腿が根元まで露出している多恵。まわりは暗い陶房のテーブルには60W電球の光が落ちている。電気ストーブのヒーターが赤い光を放っている。静かな多恵陶房の作業場だ。良一のモノは勃起している。多恵は、覚悟している。仰向いて、寝そべって、膝を立て、太腿をひろげる。良一が、その間に足をのばして俯き、多恵の女処へ、自分のモノをあてがった。
「あっ、良くん、ああっ、はぁあああっ」
多恵の喉から、ため息のような呻き悶えの声が、洩れる。十数年ぶりに覚えるヌルっとした滑り感だ。火照ったからだが、反応してしまう35歳の女盛りだ。
「おねえさん、ううっ、ああっ、だめだ、いっちゃう、いっちゃうぅ」
良一は、なにも準備をしていないから、イク寸前に抜き去って、多恵の黒い毛の上部に放出してしまう。多恵にも、いま、ここで、こうして、このようになる、とは思いもかけなかったから、なんの準備もないままに結んでしまった。大きなアクメを迎えたわけではなかったから、気を失うことはなかった。良一の呻く様子が薄暗いなかでわかった。半裸になっている自分に気づいた多恵が、伏目で身を整える。良一は良一でズボンをあげ、シャツをおろし、身を整える。無言のままだ。カサカサと洋服の擦れる音が耳にはいる。ショーツを穿かないまま、スカートを降ろしてしまう多恵だ。
「うううん、なにも、いわないで、いいのよ、良くん、いいのよ」
良一が、何か言いたそうな素振りを見せるが、言葉にはしないで、多恵のからだを見つめる。多恵が、言葉をかけてしまう。
「あした、もってきます、お金」
「無理しなくてもいいのよ、食べる分のお金くらい、あるから」
「でも、ぼくは、おねえさんと、また、会いたいから」
小形のラジオをつける多恵。夜半の番組はお笑いコンビのトークだ。静寂を破って、甲高い男の声がラジオから流れ出てきた。

-15-
 月刊誌陶苑の新年号に、京都の陶芸家大田多恵を特集に入れるということが編集会議で決まった。陶苑は北村信之が編集次長の陶芸を扱う専門誌だ。編集部員の野村真紀が、大田多恵の素性を調べてきた。多恵の祖父になる大田耕三が、京都財界では相談役的存在だということが商工リサーチでわかる。家業は日本古来からの装束を制作する技術集団を抱えた会社経営だ。多恵の父親大田安蔵が別会社を経営し、IT産業に進出し成功している。推測になるが、大田耕三が会長の太田産業という会社は、大田家の不動産を含む資産を運用する会社らしい。
「北村次長、大田産業って、大田家の財産が隠されてるようですよ」
真紀がリサーチした情報を北村に報告する。
「そうだろうな、京都財閥だし、老舗で、信用力もあるし、なっ」
「どれくらいの資産があるんでしょうね」
「想像によれば、だ、数百億、いや一千億以上かも」
「そんなにあるんですか、大金持ちなんだ」
「個人資産と財団資産があり、学校法人も持ってるし、表には出ないが、だ」
「多恵さんは、そこのお嬢さまですか、特集組んだら、話題になるでしょうね」
「そうだな、大田家の家系と枠組みは掴んでいる、いい家柄だろ、話題になる」
「京都の奥深いところの財閥、なんですね、大田家って」
「そこのお嬢さまなんだよ、大田多恵、35才、独身、詩人でもあった」
「大田神社ってあるじゃないですか、その神社と関係してる?」
「それはない、ただ、北大路廬山人が生まれたのは、そのあたりだった」
「北村次長とは、大田多恵さんと、どういう関係でしたの、知りたいわ」
「もう昔のはなしだ、同人誌をやっていてね、その同人に大田多恵ともう一人女子がいたんだ」
「ひょっとしたら、もう一人って、あの、エッセイストの、水際紗子さん?」
「そうだよ、あの水際紗子だ」
「そうでしたか、じゃ、水際さんに文章を頼みましょう、写真はわたしが撮りに行く」
「水際かぁ、いいな、対談させてもいいな、大田はまだ無名だ、水際は旬の女子だ」
「対談ですか、いいですね、おんなふたり対決なんて、陶芸家とエッセイスト」
大田多恵の作品紹介ページと生活スナップ写真は、カメラマンもこなす野村真紀が担当する。作品批評は北村が卒業の大学の先輩、現代美術評論の沢木治郎に依頼する。水際紗子は引き受けるだろうか、北村の脳裏に、記憶がよみがえる、大宮太一のことだ。現場を目撃したわけではないが、死んだ大宮太一と水際紗子は、男女関係だったと推測できるからだ。
「わたし、水際さんに依頼してみます」
なにかにつけて才能を発揮する野村真紀だ。北村はまだ三十路まえの真紀を信頼しているし、鉄仮面のような冷たさを持っている真紀を、女体としても興味を持つところだ。真紀が、北村がいる編集室から水際紗子に電話で、大田多恵との対談を依頼したところ、すぐにOKの返事がもらえた。
「水際さん、よろこんでいましたよ、懐かしいいっ、て」
「そうだよな、いま、京都ブームだし、日本文化再浮上のときだから、な」
対談は京都の京陶苑でおこなうことも決まった。新年号に急遽入れる企画だから、締め切り日程が迫っている。

-16-
 大田多恵と水際紗子の対談は、京陶苑の茶室でおこなわれることになった。紗子の誘導で多恵が答えるという流れだ。録画録音されるから動画としても編集される。北村信之と野村真紀が東京からやってきて、京陶苑オーナーの佐々木邦夫が立ち会うというのだ。四畳半の茶室は、京陶苑の店舗がある奥の庭の一角に設えられてある茶室で、昭和の建築だから文化財的価値があるわけではないが、茶道の本家が近くにある場所だから、若い茶道家らが茶の湯をたしなむ場として使われたりしている。
「ほんと、お久しぶり、多恵ちゃんの将来、おめでとう」
水際紗子は洗練されたセンスで髪のカットから斬新な洋服まで、いかにもエッセイストで詩人という容姿だ。
「ありがとう、紗ちゃん、久しぶり、お手柔らかにおねがい、ね」
大田多恵は和装だ。小面のような顔だちは、和服によく似合う。髪はショートカットだからすっきり。萌黄色の和服は実家の職工が染めた生地で仕立てられていて、淡い陶芸家の卵には眩いくらいだ。
「北村次長、ライトをあてさせていただいて、録画録音、水際先生、よろしくお願いします」
一番若いとはいっても28歳になる編集部員の野村真紀が、采配を振っていく。出番がない男二人、北村と佐々木は、カメラの後ろにあぐら座りだ。
 紗子からの話題は、多恵の作品制作の方法を訊くことから始まった。多恵陶房を主宰し、主に作品はそこで仕上げているが、作品によっては登り窯を使わせてもらっていることや、釉薬のこと、ろくろを使うが、手びねりの方が多い。制作過程の説明はそれなりに明快に進む。話は、学生時代の紗子と多恵の話題になる。いまやすでにエッセイストとして本を出し、連載エッセイをいくつかの婦人雑誌に載せている知名度と、まだ認知度がない陶芸家多恵の対談で、学生時代を共にしていたという話題だ。
「多恵ちゃんは、詩人で、キラキラ光る言葉の連なりだったよね」
「そうだったかしら、王子様への憧れがあったし、ね」
「多恵ちゃんの陶芸、そのキラキラ色彩の感覚は、そこから来てるのね」
「暗いの嫌いよ、明るいのがいい、やっぱり明るいのがいいでしょ」
多恵は本音とは違う、表向き言葉で、自分のことを語る。対談のなかでは、家系のことには触れないが、記事全体のなかで、大田多恵が良家のお嬢さま、という印象を描くというのだ。対談は、表向きの話で一時間、四畳半の狭い茶室でおこなわれ終わった。京陶苑の店内で野村真紀がスナップ風写真を撮る。和服で撮って、着替えて、ワンピースの洋服で撮って、その日の取材が終わった。翌日には、真紀が多恵の陶房を訪ねて、写真をとることになり、北村、多恵、紗子の三人は、タクシーでブライトンホテルのロビーへと向かった。








HOME

最新更新日 2018.12.2


HOME



文章・小説HOME

秋立ちて

秋立ちて-1-

秋立ちて-2-

秋立ちて-3-

秋立ちて-4-

秋立ちて-5-