昔を懐かしむわけではありませんが、かってフィルムで撮った写真を整理しようと思っています。1980年頃のことだから、もう40年も以前のことになります。釜ヶ崎へ取材の現場を求めていったのは、明確なコンセプトがありました。政治的経済的に虐げられる人々の群れを記録しようとの意図でした。取材の最初からそのコンセプトがあったかと問われると、それは、その、取材の途中から出てきたコンセプトでもありました。ただ、ぼくの世代が、全共闘世代で、1970年前後には、反体制といえば大袈裟ですが、そういうところで文学を思考していたのは事実でした。それから10年が過ぎて、カメラを持って、写真を撮る、このことと文学のテーマがクロスしてきたと思っています。釜ヶ崎では、共生関係を求めて、水平関係です。怖いところ強調の上から目線ではなくて、水平な位置から自分目線でとらえようとしたと思っています。当時の斬新さはそのことだったと思っているところです。

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<あるところに>
なにやら気になって過去に撮った写真のなかに、飛田の風景があったのを思い出して、探してみたら、2014年の年末にそこを訪れて、正面からはカメラを向けられないので、斜めから撮ったのでした。たまたま、今日は新内閣組閣の日にあたり、不謹慎な話になろうかと思っていますが、まあ、皮肉的に写真を一枚載せるのもいいかと判断してのせるところです。ニコンのアルバムに京都シリーズの一環として女人風土記なるアルバムを作っていたのを解消したところです。まだ別のアルバムにもイメージは残っていますが、追って消去していこうと思っています。
大阪の新世界、ずぼらやのフグの大きな提灯がおろされた、とのニュースが伝わってきました。お店の名前はずぼらやですが、店じまいをするそうです。新世界には通天閣があって、近年は観光ブームで若い観光客がわんさと詰めかけ、串カツの店が大繁盛しているようでした。コロナの影響で、観光客は来なくなり、お店は収入がなくて困っているんやろな、と思います。国策で金がばらまかれるトラベルとイーツですが、どこまで末端まで潤うのだろうかと、いささか施策自体に疑問を抱いています。まあ、ぼくも年老いてきたし、好きな子といって、好きなことして、と思うけど、そうはいかないんです。

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2020.10.1
<写真ワークショップの開催>
ひとりで考えていると、混沌としてきて、わけがわからなくなる。
これまで確定していたと思われる価値が、崩れてくる感覚になってきます。
現代って、とくに表現の領域で、写真表現の領域で、混沌の時代のように思えます。
複数の人間が集まって、ああだこうだ、ああでもないこうでもない、と語り合うこと。
そういう場が必要だと、かねてから思っているところです。
10月10日(土)午後2時〜5時、写真ワークショップを開催します。
これまでにも毎月一回定例会を開催してきたタイトルを変更するだけですが。
現代表現研究所が主催する「写真ワークショップ」です。
主催者は、同時に、映像ワークショップ、文学ワークショップなども開催したい。
このように思っていますが、写真の仲間が集まっているので、写真ワークショップです。
☆
参加要件:会費は不要、定員七名程度、コーヒー代実費です。
開催場所は<アマノコーヒーロースターズ>です。
〒603-8203 京都市北区紫竹東高縄町23-2ルピナス1F
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何度も食べては載せるトンカツですが、いまどき800円でこのボリュームです。
三条東山を南に少し、はやし、という名の食堂があって、京都の味がするんです。
まろやかな、公家さんイメージ、京都独特の甘い感じの味付けは、抜群です。
そりゃ肥える太る、無理もないよなぁ、と自分に言い聞かせながら、食べる。
もうあといくら見積もっても15年生きたら90歳になるんだから、です。
写真は加工が簡単だから、もちろんデジタルカメラ、コンデジを使っています。
スマホで撮ることの方が多いくらい、最近はスマホで撮ることが多いです。
もう誰でもきれいに撮れる時代になっていて、写真家とはいったい何者?ですね。
照明とか、クオリティとか、いえばキリがない技術が必要ですが、それが無くても写真。
そろそろ真を写す写真という言葉を変えないといけませんね、ぼくは静止画と言います。

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コスモスの花、群生している光景を撮りたいと思っていた矢先でした。
撮った奴をマイクロソフトのフォトで少しアレンジしてみました。
ライトルームとか、フォトショップとか、有料のソフトは使いません。
それとブログに掲載しますが、フェースブック、ツイッターに転載します。
このseesaaブログから、フェースブックには記事投稿画面から転載できます。
インスタグラムとフェースブックは、同じ運営者になったのか、連動しています。
あとブロガーからは、フェースブック、ツイッターとも記事から転載できます。
デジタルネットワークのなかで、作品の生成を試みているところです。
表現するにあたって、内容をどうするか、というのが最大のポイントです。
でも、その表現する媒体のことも、重要なポイントになります。
ぼくの場合は、自分でミニコミしているから、SNS、ブログ、は必須の発表媒体です。
ブログ、ホームページを駆使して、新しい表現現場をつくっていて試行しています。

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2020.11.16
大徳寺の法堂におかれているこの方は大日如来さんということでよろしいか。
若くから仏教には縁がなかったから、仏像の名前がわからなくて、困ってしまいます。
イメージとして太陽があり月があり、光を放つ名前を中心に、位置がきまっているのか。
今更ながら、その世界観には驚きますが、昔の人の想像力にあやかりたいものです。
人間の営み、現世での営み、これが最大の関心事で、あの世のことなぞ知らん。
いまもって、あの世があるなんてことは、信じていませんけど。
でも、人間、寄りかかる見えないものに、すがる気持ちはわかりそうな気がしてます。
自分という肉体の消滅が現実味を帯びてきています。

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2004年にデジタルカメラを手にして、およそ16年が過ぎたことになります。
いまや写真といえばデジカメで、スマホのカメラのほうが多いのかな。
だれもがカメラを持っている時代になっていて、SNSが大流行りです。
ぼくもSNS、三種の神器、アカウントもっていまして、活用しています。
ひところは拡大拡大で、ひろげていましたが、いまは限定限定ですぼめています。
情報がたくさんありすぎて、右往左往するばかりです。
自分がどんどん老年になっていて、時代の主流からどんどん離れていく実感です。
直近は紅葉の季節ですので、紅葉を撮っています。
手慣れた撮影、とまではいきませんが、経験によってアングルを決める。
年取ると外皮ばかり分厚くなって、内面が見えさせられませんね。
ナイーブな感性、なんて思っていたけど、いまや枯渇した感性でしょうね。
それでも現代的なテーマに向かっていけたらいいな、と思うのです。
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なにかしら、京都には六角堂があって、聖徳太子に由来するとか。
そこでその六角堂へ行ってみて、いろいろ知識を得てきました。
へそ石というのがあって、京都のど真ん中、ここが臍、中心だというのです。
たしかに、京都全体を俯瞰したら、ここが真ん中だといってもいいかと思う。
聖徳太子だから、平安京造営よりも前ですから、当時、ここは野っ原だったのか。
華道の池坊がここにある、華道発祥の地でもある、とあります。
自分のための写真集を作ろうと思っているわけです。
来年75歳になる輩で、新たに神社仏閣、町の中を歩いてみようと思うわけ。
これまで撮りためた写真は、新しい京都写真集では使わないようにしよう。
いま、ブログで、嵯峨野慕情、そのあと京都物語、連載していく予定です。
それはスマホで撮った写真で、新たな写真集はコンデジで撮る写真です。
どんなのになっていくのか、未定形、現在進行形、こんなところです。
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等持院、足利尊氏とか、室町時代の社寺で、京都は衣笠山の南にあります。
先日、この等持院へいきまして、拝観させていただきました。
方丈の庭、竜安寺の庭みたいですけど、それほど石がないですね。
観光の人がどっと押しかけるという社寺ではないけど、静かな佇まいでした。
中学当時、友だちがその界隈にいたので、等持院、その名前は知っていました。
拝観させてもらったのは初めてで、たぶん最後になるかも、と思います。
昨日は、平安京創生館、京都アスニーへ行ってきました。
ある部分を除いて、写真撮影可能なので、資料を撮影させていただきました。
年表とか、いろいろ、京都を知るための資料が、あるから、参考にします。
沢山の研究者の方たちが、あの手この手で整理して、資料化されています。
そのうえにあぐらをかかせてもらって、知ったかぶりして、文にしたりします。
所詮過去からの集積をもとにして、ぼくは出発するに過ぎないのです。
京都の写真集、21世紀京都光絵図、いろいろ参考文献を見たりします。
今どきの京都を組み立てる、写真でもって、ネットの中に、です。
絵巻物、いろいろありますね、これなんか参考になります。
京都光絵ミュージアム、なんていいイメージかと思います。
回廊形式で、クリックしながら、バーチャル空間、写真が現れる、なんて。
でも、まあ、ぼくの技術力は知れているから、まるで子供の玩具でしょうね。