表現論ブログ

写真への覚書
 1〜6 2017.8.3〜2020.11.4

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 再びカメラを持って写真を撮ろうとして、何を撮るか、ということが自分の中で問題となるのは、2006年頃だったと記憶しています。かなり遠くから帰ってきた感覚で、1984年以来だから20数年ぶりにデジタルカメラを手にしたのでした。何を撮るのか、泥沼のような釜ヶ崎へもう一度行くなんてことは考えられなくて、自然風物、生命の起源、なんて命題をもっていて、末裔として自分存在にいたってくる原点をまとめてみようと思うに至ったのです。痕跡シリーズと名付けて、太陽と海と地表の光景。空、海、地、という写真集にまとめるのは2012年のことでした。
 ここに連載した写真は、限定五部の写真集にした元データーです。別のアルバムにも載せていて、ネットで見られるようにしてあります。というより、発表の仕方について、デジタルカメラで撮ったデーターはデジタルデーターです。基本的に紙媒体にするのはフィルムで撮った写真、という固守があって、印刷物にはしませんでした。ところが井上さんという編集をしてくれる方に巡り合って、小部数出版ができるようになっていて、彼女に編集を委ねることにしたのでした。そうして完成したのが、空海地の三部作でした。ほかに自然物三種、文化背景の作品六種、合わせてその年、12冊を刊行したのです。
 ※掲載の写真は、自分の最年少のときの写真、どこかの写真スタジオで撮ってもらったらしい、1947年頃だと思われます。

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古い写真です。
懐かしい、1977年でしょうか、余呉湖へ撮影に行きました。
写真家達栄作さんに同行して、撮影実習でしたね。
モデルは当時高校生だった伸子さん。
こうして時間が経過して、年月が経過して。
こうしてよみがえってくる写真のコマ、記憶の光景です。

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1977年頃でしょうか。
なんだか人の物まねで写真を撮ることが多かったですね。
たいがいいいなと思った人の真似ばかりしていたように思います。
そのうちモデルになってくれる女子をつれて撮影に出かけた。
コンテスト狙いのような傾向もあったけれど応募はしませんでした。
その後、どうしていらっしゃるのか、気がかりな女子です。

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かなり好意を持った女子をくどいてモデルになってもらったと記憶しています。
節子という名前の女子で倉吉出身だということでした。
1976年ごろだと思うが、どうして知り合ったのか、撮影はふたりで行ったのではない。
スキャンしていて、いろいろと思いだしてしまう女子です。

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写真への覚書、ロラン・バルトさんの「明るい部屋」のサブタイトルをもじった表題で、ロラン・バルトさんは、写真についての覚書、としておられます。明るい部屋については、ここでは参考にさせていただく意味で、三年前に写真への覚書を記述しようとして、かって撮った写真を載せて、評論記述がないままでした。そこには三人の女子が写っていて、それから自分の唯一幼いころの写真を載せています。三人の女子はそれぞれに交流があった思い出深い方です。それから自分の幼少のころのたった一枚残っている写真です。写真とは何か、という問いかけをあらためてしてみると、自分との関係、これの距離感、ということになりそうです。

直近には、奈良の大神神社を参拝というよりぼくには写真に収めるために行きました。古い神社だという。三輪山が御神体だという。磐座信仰という古代の信仰方法があって、それが今に至っても、神社には仏教でいうところの仏像がない。ご神体は目に見えない姿、というのでしょうね、心の目で見える、というのでしょうか。神にまつわることに心を惹かれている現在、ここに載せた写真は、その意味では身近な存在になってきます。石柱といい、鳥居といい、神のイメージを顕在化させるアイテムが散りばめられた空間が、ここから始まるのです。自分が撮って見せる写真には、自分なりの意味があって、それを顕在化させているわけです。

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写真はイメージですから、目に見えるものがその写真の中に置かれているわけです。そういうことで言うと、見ただけでそれが何なのかがわかります。花なら花、具体的に薔薇なら薔薇、花の名前に詳しい人が見たら、薔薇の中の品種までわかるというものです。ところが、何がそこにあるのかはわかるけど、それがいったい何を意味してるのか、ということまでわかるとは言い難いです。それは撮影する現地に赴いても、その撮られる場所が、何を意味しているのかわからないから、その場所が何であるかを説明してあったり、石碑が建てられていたりしてあります。これなんか、仏教伝来の地、という石柱が建てられてあって、この前は川になっていて、ここがその地であるとしてあるのです。写真にこの石碑を入れることで、この写真が撮られた場所は、仏教伝来の地、なんだとわかるわけです。

写真の種類というか、表現された写真の意味を辿ろうとします。はっきりと写っているけれど、タイトルが無ければ曖昧な風景、どこの風景なのか、なぜその風景が作者によって撮られて、提示されているのか、非常に曖昧、わからない、ということになります。はたして、ここにいま展開している論が、今の表現の方法を指し示しているのかと問えば、ぼくは、これが、かなり深刻な現状認識でしかないのかも知れないとの懐疑をいだくのです。論理で解釈するイメージを語る方法が、確立されているとしたら、それはもう過去の語り口であって、これまでの論を覆すことにはならないと思うのです。それでは、今から未来に向ける写真の論といったら、どういうものになるのか、これ、基本的にまだない、未定の領域なわけです。作家はこの地点に立ち、批評家はこの地点を論じることになります。はたして、というところで今日は終えます。



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最新更新日 2021.8.24

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